1912年、エール大学・ナショナル・ジオグラフィック財団合同研究グループを率いた
ハイラム・ビンガム博士はマチュピチュでの研究を開始するにあたり、
ペルー政府に対し
「発掘されたものはアメリカに持ち帰って研究してもいい。
ただし1年半後にはペルーに返還する」
という約束をしている。
1915年に研究が終了したあと、エール大学は約束を実行しなかった。
1920年にペルーはエール大学に対し、返還を要求。
コレに対し、エール大学は約40個もの人骨の入った箱をペルーに返還しただけで、
大多数の発掘品はアメリカに残った。
それから80年して、ペルーでトレド大統領の時代に返還交渉が始った。
しかし、エール大学の態度はこうだった。
「ペルーでちゃんと発掘品を保存することができるのか?
保存するための博物館を作れ!」
「アメリカで考古学品を分析する新しい方法が開発されることもあるだろうから、
そのための研究にもエール大学で保管するべきである」
2008年、ペルー政府は返還を要求してエール大学に対し、訴訟を起こす。
そして昨年、エール大学はついにマチュピチュで発掘されたものを
ペルーに返還することを承知した。
これが、先進国とやらの第三世界に対する態度だ・・
アフリカ、アジア、中南米で欧米各国が略奪した美術品の数々・・
大英博物館もルーブル美術館も略奪品の宝庫なのだ。
第三世界の返還要求にこたえることもなく、
今も先進国は他国の宝物を所蔵し続けるのだ。
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