一昨日はひどい目にあった。
村八分だ・・。
バルトロメ・デ・ラス・カサスセンターの一機関、カサ・カンペシーナ(農民の家)ホテル内での火曜日の会合での話だ。
大半の参加者はクスコ市内から離れたところに住んでいる農民で、講演の段階からスペイン語とケチュア語のバイリンガルでの講演だった。しかし、農民自身が話をするときはケチュア語で、実はよく理解できていなかったのだが。
大統領選に関する講演のあとの、農民の話し合いでの最中、いきなりケチュア語で
「あの日本人はなんでここにいるんだ!話もしないのに」
とまくし立てた。
その人物はクスコ市内に住んでいて、農民ではない。
しかし、まるでフジモリ支持者が侵入して情報を収集しているようにとられてしまったのだ。
私は90年代のフジモリ政権下で要職にあった人物に詐欺にあった経験があり、フジモリは絶対に応援しないし、日本人と見て「フジモリはよくやった」と言って近づいてくる人物には
「国際金融機関や債権国の応援でハイパーインフレを抑えることができたのだ」
と説明することにしている。
しかし、ここ数ヶ月は私の顔を見て、フジモリに対する嫌悪感を露骨に表されることが多くなった。
そして今日、左派のバルトロメ・センターのカサ・カンペシーナで放逐されてしまったのだ。
一応申し開きはしたのだ。
「クスコの人々の本当の気持ちを知りたいのです。日本ではペルー大統領選というとフジモリばかりが報道されていますが、私はブログではいろいろな候補者を紹介してきました。」
「クスコのことが知りたいならラジオでも聴けばいいだろう!」
「みんなあの日本人はなんだろう?フジモリの侵入者じゃないか?って心配しているのよ」
そんな馬鹿な!
私は絶対にフジモリ派じゃないから!
「閉ざされた会合になんでお前がいるんだ」
「閉ざされた場って、facebookにも講演が掲載されているでしょ。(ホテルの)レセプションでも普通に通っているわよ」
友達に誘われて講演会に行き始めた頃はまだ選挙に関するテーマは話されていなかったので問題はなかったのだが、選挙に関するテーマになってから雲行きが怪しくなってきたのだ。
通い始めてからしばらくして、出席者にパンやポンチェを配るのを手伝い始めたのだが、前回はカサ・カンペシーナの世話役の女性が気に食わなかったらしく、パンの袋をひったくってしまった。その日は、ポンチェを持ってきた男性が、手伝ってくれといわんばかりに目配せをしているのに気づいたのだが、世話役の女性が怖くて、見て見ぬふりをした。
ブログのアドレスまで書かされた。
「まるでキューバにいるような気分・・」
と言いながら。
友人二人が私のことをかばったが、多勢に無勢で、私は退出せざるをえなかった。
一緒に外に出てくれた男友達が
「気にするな。あいつはコカの葉を噛んで攻撃的になっていたんだ」
そういってくれたが、私の気分は晴れなかった。
「とりあえず、選挙が終わるまで行かないから」
「そのほうがいいだろう」
しかし、会合に残った女友達に翌日会ったときに、言われた
「あのあと、私すごく悪口言われたの。かばったのが気に入らないらしくて、偽善者だ!って。
でも、気にしない、みんな農民だから・・」
「ごめんね。でも、農民ではなく、今回言い出したのは農民の指導者だから・・。」
「とりあえずあそこにはもう、いかないほうがいい」
ため息をついた。
クスコではよく、
「5年間、フジモリ派が農民に贈与を行って票集めをしていきた」
と批判するものがいるが、
一方で左派の農民指導者が、アジア系の人間の存在を見せたくないほど、フジモリ支持を否定してきたのだ。ありとあらゆる、事実をデタラメを言いながら・・。
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現代アンデス諸国の政治変動