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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

火曜日のデモ行進の模様が全国紙としては2番目の発行部数を誇る、「ラ・レプブリカ」紙に掲載された。といっても南部地域面だが・・。

WEB版には出ているのは友人がFACEBOOKグループにアップして悔いれていたので、知っていたのだが、州歴史博物館の展覧会開会式で出会った知り合いが、ホテル建設反対運動が新聞に掲載されていたことを指摘し、ちょうど彼女がその新聞を持っていたので、「ここにいるのよ!私」といったら、新聞をプレゼントしてくれた・・それが・・これ。

後ろで建築中のホテルの写真の貼られた紙を持っているのだが・・


日差しが強くて、紙で影をつくっていたので、見えにくいかも・・

WEBから引っ張ってきた写真でも見えないか・・。



開会式のパーティで友人に見せびらかしてしまった。

さて、その新聞記事の訳を以下に・・

市民団体一同がクスコ歴史地区、サピ通でフォーポイントBYシェラトンホテルの建築を進めるR&G社に有利となる保全処分判決した裁判所対して取り消しを要求する抗議運動を行った。
100人近い人々が文化財保護を求めて行動した。「文化財は売られない。文化財は保護されるもの」という呼びかけを行った。汚職に反対する法学委員会のメンバーであるマルタ・ルサ弁護士は、サンドラ・コントレーラス判事が、建築認可の悪行を示す証拠を適切に判断しなかったうえ、クスコ文化遺産がホテル建築を行うことで危機に瀕するという声明をユネスコやイコモスが行ったことも考慮に入れなかったと指摘した。
「2階建てを超える建築を禁止する規則があります。これは7階を越えるシェラトンの建築を停止することを義務付ける事実にすぎませんが、判事はこの事実を考慮しなかったようです。これに関して高等裁判所のエリザベス・グロスマン氏が判事は双方の陳述と意見を元に判決を行ったと主張した。この問題提起は上級審によって解決されると言い加えた。「訴訟を適切に行うために審議を二回行うことは憲法で保障されています。」
無効処分の理由
4月初旬、裁判所はR&G社の保全処分申請を認め、ホテル建設の停止と予想される取り壊しの命令を無効にした。
この命令は市役所が下したホテル建設停止命令に対して建設会社が申請した保全処分を裁判所が審議しない限り、ホテル建築が続行することを意味している。


「クスコ市役所は2015年12月28日に建築免許を免許停止した。理由は2階を越える建築だったからである。二階を超える建築はクスコ歴史地区の保護基準によって禁止され、年パラメーターを壊すものである。イコモスとユネスコや市役所の決定を支持している。
サンドラ・コントレーラス判事による判決はクスコ市役所の訴訟代理人、ソライダ・ピルコによって控訴された。このため上級審がホテル建設事業の遺憾を最終的に判断することになる。
反対運動参加者は、R&G者が巨塊の建設を続行することを避けるためにも即時の裁判を求めている。」

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世界遺産と地域再生―問われるまちづくり

毎週火曜日はフォーポイントbyシェラトン反対運動の写真展示講義集会の日だが、今週は裁判所へのデモも含まれた。

これは、クスコ市役所の建築停止命令を裁判所が保全処分を判決し、建設会社のR&G社の建築続行を事実上認めたことになったことに抗議をしてのもの。

クスコ市役所はこれに対して控訴をしている。

 

 

 

いつもの大学講堂脇の写真展示のあと、

出発前、シクヤという悪徳弁護士にだまされる先住民を風刺した踊りのグループがと合流して1ブロックほど離れた裁判所へ反対車線を通って時間を稼ぎながら向かった。

 

裁判所前。汚職に反対する法学委員会の弁護士が高等裁判所所長と内部で会話しているのをまっている最中。

私は後ろでプラカードを持っているのだが・・

日差しが強かったので、プラカードで顔を覆ってしまった。

あとで、全国紙に出たのだがわかり、後悔した。

弁護士、セレセーダ氏のご挨拶

<iframe frameborder="0" width="480" height="270" src="//www.dailymotion.com/embed/video/x48p5ii" allowfullscreen></iframe><br /><a href="http://www.dailymotion.com/video/x48p5ii_dr-cereceda_news" target="_blank">Dr.Cereceda</a> <i>por <a href="http://www.dailymotion.com/kayoko-sakaguchi" target="_blank">kayoko-sakaguchi</a></i>

 

裁判所から再びアルマス広場に戻る。

 

約束していた組合関係が来ず、人数が少なかったのは残念だが、その分一致団結して断固たる違法建築反対の意見が伝わったような気がする。

 

ペルー全国的メディアでも報道されたし・・

 

私もちらっと写真が移っていたりして・・

 

つづく・・

http://asambleapopularcusco.org/

ドイツ人エンリケ(ハインリヒ)さんとペルー中部山地ワヌコ出身のテマ(アルテミア)さん夫妻とともにサンブラスに向かう途中でカテドラル脇を通る。

午後6時ころにはまだ準備中だったが、さすがに9時を過ぎると祭りもたけなわ。なぜか飾り付けをしたときのはしごを片付け忘れていることに気づいた。

反対運動の同僚何人かを批判しながら十二画の石とサンブラスの坂を過ぎ、

サンブラス教会のすぐ近く、カルメン・アルト通にある文化の家(casa de la cultura)へ。パティオにある十字架を祝うことを今回はじめて知った。

入るなり、専門学校時代の恩師の一人に声をかけられ、思い出話に話がはずんだ。

ドイツ人でありながら、サンブラス地区にすっかりなじみ、社会活動にも励むエンリケさんは、地区の住民協議会の会長を務めたこともあるため、ご近所さんともおなじみで話が弾んでいる(十字架近くで立っている人)。翌日のデモ行進のためのプラカードを丸めて左腕に持ったまま。

 

祭世話役の交代式。十字架を持っているのが翌年の世話役。

なぜか話が弾み、エンリケさんらが帰ったあともサンブラス住人ではない私が焚き火が消える深夜0時近くまでいついていた。

 

 

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今年も十字架の夜、クルスベラクイ祭がやってきた。

今日は予定がいっぱい。
6時からのフォーポイントBYシェラトンホテルの反対運動の会合が市役所であり、それを途中で抜け出して展覧会の開会式に行き、会合にまた戻り、それが終わったら、どこかの十字架祭りにもぐる込もうという予定。

カテドラルの脇を抜けるときに、十字架飾りがまだ準備中なことにきづいた。

CRUZ VELACUY CATEDRAL EN PREPARACION por kayoko-sakaguchi
アルマス広場から見るサクサイワマンの十字架。電灯が点されている。


市役所に到着するが、主要メンバーが誰もいず、会議室をあてがってもらうのに、係の人に相談しようとしたら、友人だが、いまや市評議員で立派になったダニエル・アバルカさんが対応してくれた。会議室の場所を示す、チラシを入り口に貼って、主要メンバーの到着とともに会合が開始。

ホテル反対運動の裁判所へのデモ行進だけでなく、州庁の事業報告を受けることになっていて、人がいっぱい。

これを途中で抜け出して、
美術学校のギャラリーの展覧会開会式へ


まだ美術学校制のシオラマ・ウルピさんの「女性の変遷展」


キュリー夫人の絵もあったのだが、私が気になったのが、マリア・トリニダド・エンリケスの絵(右)。


女性としては南米で最初に大学を卒業した人物だが、クスコのサン・アントニオ・デ・アバド大学に入学した頃は石を投げつけられたという。卒業後は新聞記者として活躍。

乾杯とおつまみでエネルギーを補給して、会合へ戻る。



途中でメディオ通を除くと十字架にロウソクが点されていた。


もう街中の何気ない十字架もお祝いの対象になる。

会合の後は運動仲間のエンリケ(ハインリヒ)さんとテンマさん夫妻とともにサンブラスのクルス・ベラクイへ・・。

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キュリー夫人―はじめてノーベル賞をとった女性科学者 (小学館版 学習まんが人物館)
4月23日はインカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガの400年忌のミサやイベントがあった。

スペインのコルドバのカテドラルに眠るガルシラソの遺灰の一部は1977年にフアン・カルロス国王からクスコに贈られ、トリンフォ教会の地下墳墓に安置されている。

その遺灰の入った骨壷(骨箱?)がカテドラルに移されてミサが行われた。

クスコのシンフォニーオーケストラがカテドラル内陣で演奏をした。




ミサの後、骨箱を携えてインカ・ガルシラソの生誕の家と伝えられる州歴史博物館へ向かう。





クスコ市の市会議員やクスコ州役人が順番で遺灰を持つ。


若造だが、市役所前で遺灰を手にできるとは、この市会議員は市長に気に入られているのだろう・・。残念ながら市長は旅行中で不在だったが・・。


ガルシラソの生家、州歴史博物館へ入るときに骨箱を手にしたのはやはり博物館長!


ホラ貝吹きに囲まれながら、骨箱を携えるのはクスコ高等裁判所所長。


このあと、私はフォーポイントbyシェラトンホテル違法建築反対運動の仲間とともにタワンティンスーユ(インカの旗を)もって、抗議活動・・。文化省施設の博物館で・・


ピンボケでごめん・・。



このあとバッテリーがなくなったが、主賓のご挨拶や乾杯があり、そのあとは「インカ皇統記」を順繰りに朗読するイベントとなった。
中継で、文化大臣や首相、国会議長などもリマから朗読に参加していた。

クスコの4月の大イベントはこれで終了。

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