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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

5月18日は国際博物館の日であり、またペルーでは1782年にスペイン植民地支配に対して反乱を起こしたインカ王トゥパク・アマルの子孫で、メスティーソの首長、ホセ・ガブリエル・トゥパクアマルが処刑をされた日でもある。

ホセ・ガブリエル・トゥパク・アマルの殉教イベントは今日は盛大に行われたようだが、見に行かなかったが、昨日は大学行動でトゥパク・アマルの出身地カナス郡のイベントを除きに行った。

そして博物館の日でもある今日は、入場無料にもかかわらず、出かけず、夜,イコモス(国際記念物遺跡会議)クスコ支部主催のクスコ歴史地区に関するフォーラムに出かけた。自分が歴史地区に関する問題に関する運動をしているせいもあり、かなり興味があるものだった。



ユネスコの1964年のベネチア・レターをはさんでのクスコでの文化財修復の技法の変化。
元の素材を使って修復することが強いられる前、後の変化を写真を通して教えてくれた。
1950年の大地震で半壊したサントドミンゴ教会(コリカンチャ修復)はベネチア・レター以前になり、本来の素材を使って修復されなかった部分がある。

写真で、昔のクスコの町と現在の町並みとを比較して、活ける博物館といわれた町並みがかなり変貌したことを証明した。

1986年の地震後の修復の問題。


歴史地区の住民の問題。
歴史地区と文化財を保全していく上での当局の行動力とと市民参加の問題。
腐敗の問題が話された。

実際、これは市民の意識と市役所や役人の実行力が問われる問題で、行動を以下に起こしていくかが重要なポイントになってくる。

3時間以上に及ぶパネルフォーラムだったが、無料でもためになるフォーラムだったと思う。

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博物館という装置 帝国・植民地・アイデンティティ
4月10日のペルー大統領選で、アレキパを除いて、すべての県で左派連合、「広範囲な前線」のベロニカ・メンドーサ候補が勝利した。
アレキパ、クスコ、プーノ、タクナ、モケワ、アプリマック県は全有権者人口の15.19%を占める。

ペドロ・パブロ・クチンスキー候補、ケイコ・フジモリ候補が

LA REPUBLICA紙(左より、反フジモリ)によると、
1.左派指導者の運動が50年代から60年代にかけてアルゲダス派は農民を共産党は土木労働者の組合を中心に勢力を拡大していった。

2.南部は貧困州が多い(モケワ、タクナは経済成長が目覚しいが・・)

アレキパでペドロ・パブロ・クチンスキーが勝利したのは,アレキパの経済成長が目覚しく、中産階級の意識が高まってきて、リマに次ぐ都市としての意識が高まってきたため、とLa Republica紙は分析しているが、郡部はやはりフジモリとメンドーサの人気が高い。上位三候補が票を三分した雰囲気で得票率に大差はなかった。やはり中央部北部県に比べてクチンスキー氏がが強いとは言い切れない。

3.アレキパ出身の社会学者は、過去50年にわたって省みられず、忘れ去られてきた、国内の他の地域にくらべ、違う印象をもつけいこうがある。
serニュースのハビエルノ・トーレスはフジモリ政権によって、90年代うえつけられた経済政策(国営企業の民営化、自由主義経済、外国資本の参加)に対する批判があり、分権的である。

4.鉱山県でありながら、その利益をリマや海外資本が持っていってしまい、搾取されているという印象が強い。これは北部産地のカハマルカも同様の傾向がある。

クスコなどは左派もメディアも反フジモリキャンペーンを行っている空気があるし、実際、私があった目なども考えると、反フジモリに関してはかなりの情報操作があるように思う。


前半に述べた左派の運動が盛ん・・というのは、純粋にその信条に推進しているわけではないというのは、肌で感じている今日この頃だ・・




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フジモリ派とは関係がないのに、日本人というだけで、そのように扱われてしまうことに疲れてきて、しかし最近では新聞やテレビでの反フジモリの偏向報道にフジモリが気の毒になってきた今日この頃。でも、それを口にできない・・。

フジモリ派が国会で130議席中の過半数をはるかに超える74席を獲得したのを、
「民主主義の危機だ!」
「権威主義的な国家運営になる」
と報道される。

フジモリ派が悪事を働いたかのような印象を与えるような報道が多いが、実際には
- フジモリ派が、地方で党員を増やさずに地方限定の政治グループ(国政には参加できない)をうまく取り込んで、勢力を拡大した。

ということらしい、

また私の考えでは、
- 他党が勢力拡大に失敗した
- 政権政党の国民派や国民連帯党が国会議員立候補をすべて取り下げた。
となる。

反ホテル集会の仲間にそれを伝えると、
「あっち行け!」


ケイコ・フジモリが先週末にクスコで選挙運動を行ったのだが、facebookには反フジモリデモの告知が現れて・・



まあ、これを組織している人も友達なんだけど・・

ケイコが気の毒に・・

さて、今夜はクチンスキー、フジモリ両候補の技術チームの論戦で、治安、社会発展などのテーマ毎に1対1の論戦が行われた。

論戦会場近くのアルマス広場では両陣営の支持者が音楽を奏でながら対決。
クチンスキー側の応援をしたかったが、フジモリカラーのオレンジ色のジャンパーを着ていたので、入れなかった!

論戦はクチンスキー側が有利だったよう!
アメーバの部ログエディターで、画像が一挙にアップできるようになったので喜んでいたら、なんと、ブログランキング用のバナーやアマゾン・アソシエイトのリンクを貼ったら、表示されないことに気づいてしまった。

困っていると、さらに大変な事態に・・

私のfacebookのアカウントが盗まれてペルー人男性の名前になっていた。
おまけにプロフィール写真も変更されて・・。

パスワードを変更することはできたのだが、名前を戻せないでいる・・。

私のアカウントで悪事を働いてくれていないことを祈る・・


世界遺産を守る民の知識
ペルー大統領選、決選投票まで3週間。

4月10日の一時投票でで、アレキパを除いて、すべての県で左派連合、「広範囲な前線」のベロニカ・メンドーサ候補が勝利した。
アレキパ、クスコ、プーノ、タクナ、モケワ、アプリマック県は全有権者人口の15.19%を占める。
北部はフジモリ氏の地盤のようなものだが、ここにきてペドロ・パブロ・クチンスキー候補金銭授受で大統領選候補を除外されたセサル・アクーニャ元候補の「変革に向けての連合」党がクチンスキーの選挙運動を援助する意思をを表明した。
アクーニャ氏は、トルヒージョ市長を二期務め、兄弟、子息が隣県のランバイェケ県の知事を務めたり、国会議員であったりするなど、北部に強い地盤がある。

しかしながら、フジモリ、クチンスキー両候補とも選挙運動に力を入れているのは、南部。

こうしたことから、大統領候補同士の論戦がペルー南部州で行われることが期待されていたのだが、残念ながらクスコで、候補自身の論戦はリマと北部ピウラで行われることになり、南部のクスコで両候補の技術陣の論戦のみが5月15日におこなわれることになった。

場所はクスコ市役所内のコンベンション・センターで、時刻は午後7時。
日曜日で交通量が少ないとはいえ、周辺道路が閉鎖されるので、十分ご注意を。

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