誰でも話していて、自分の常識を基に考えを話す。
ところが大病を治すことをしていると常識とか社会通念と言われる日本人の横並びの考えを否定しなければならないことがたくさん発生する。
病気になる前の心がけが悪いことを反省する。それが体治しに影響する。
またそれまでの自分はもちろんのこと治らない病気を治すというのは前例がない。(一昔前のリスパダール断薬)だから全て医療の標準とか言うことは当てにならない。
もちろん冷えとり健康法も重ね履き靴下が異様だ。ということも。
話せばそういう流行ってあったな。と気が付く一般の人もいる。
一昔前はおかしな格好をしていると面と向かって言われるのはもちろんこそこそこれみよがしに言う人もいた。
全てこれは本人が幸せであれば他人のやっていることなんて気にならない。なるのは心が満たされていないから他人の噂話で憂さ晴らし。
私は昔ほど他人の噂話は興味なくなりました。話の流れで聞くことはあっても。医療のことに関しては別ですけどね。(笑)
他人が私のやることに止めといたほうがいいなんていうニュアンスの言葉を言う状況がある。それでも私がやりたければやる。
人に言われて止めるというのは後から後悔する。
また他人ならそういう場合我慢しているのだろうと想像する。
そういう制限をかけることが自分の心を満たさない原因の一つ一つである。自分の好きなことやりたいことをやっていると失敗しても満足する心になる。
例)極端な自然療法をしていると、そんなあほな療法止めなさい。と医者始め医療関係者は言う。がん患者と同じ内臓の私からすると、標準治療や漢方が受け付けない。だから治る可能性があったらする。
私自身自分の死と向かい合わせ。わかってない医療関係者は大げさだ。と笑うんだけど、私が精神薬の影響の症状を一般人に言うと血相を変える。ここが医療関係者の鈍さ。どれだけえげつないことをしているかわかってない証拠。
時間は何事にも変えることができない。お金は体が良くなれば稼げば済む話。
ネットにしがみついて同じような状況の人と励ますのも結構だけど、時間はあっという間に過ぎる。
時間の大切さを身に染みている私は、常識を超えたこともやってのけないとわからない。と考えています。
ネット上にはない自然療法のノウハウで幸せになるココロと体へ導きます。