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苦しみの言いなりになっていてはだめ!!
あなたの思考に、問いかけなさい!
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原文「苦しみの反逆者になりなさい。あなたの思考に問いかけなさい」


苦しみの言いなりになる、って、どういうことでしょう?!

苦しみなんて、ゴ●ブリよりも大大だいっキライなのに。
(`ヘ´)プンッ!

そんなものの「言いなり」になんか、なるもんですかい。

と、私たちは堂々と開き直っていますけれども??
σ(^_^;)?

「私は苦しみの言いなりになってはいない。」
…それは本当ですか?

今日のお言葉の後半は、ケイティさんの鉄板ワード、
「あなたの思考に問いかけなさい」
が続いています。

これを考えてみると…

私たちが
「苦しみの言いなりになる」
ということは、私たちが
「自分の思考を無条件に信じる」
こと…
に、なりませんか?!

むむ。
(-_-;)
そ、それはめっちゃ、やってる。
もしも思考を信じることが苦しみの言いなりになることなら…
めっちゃ、言いなりになっとるわ!!
!Σ( ̄□ ̄;)ガーン

ケイティさんから「ザ・ワーク」を教えてもらうまで、私たちは反抗期ゼロの「スーパー優等生」!

自分自身の思考が「本当ではない」かもしれない…
なんて、全然考えもしませんでした。

まさに、苦しみの言いなり…。

あああ、なんてしんどかったんだろ、自分(涙)
よくまあ、こらえてきたもんだ、自分(涙)(涙)

これから、反抗期に突入だもんねー(笑)
(* ̄∇ ̄)ノヘヘン 


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自分自身のストレスに満ちた考えを信じるとき、私は苦しみます。
その考えに対して問いかけるなら、苦しむことはありません。
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原文「私が自分のストレスに満ちた考えを信じるとき、私は苦しむ。それに問いかければ、苦しまない」


私たちの苦しみの原因は、私たち自身がもっている考え…
では、ない。

その真の原因は、私たちが考えを「本当だと信じる」ことにあります。

もう両耳にダイオウイカならぬダイオウタコができてるはず。
ケイティさんも、どんだけお口スッパくなっていらっしゃるやら…(笑)

しかし両耳にダイオウタコをぶら下げながらも、私たちは、それに気づかないままに自分の考えを信じてしまうことがあります。
そして、苦しんでしまうのです。

もちろん、根本的な原因は「考えを本当だと信じてしまうこと」ですから、それを取り除けばすべて解決するはず。

しかし、どうすればその根本的な解決に至れるのでしょう…?

おそらくそれには、「対処療法」を続けるしかないのだと思います。

もどかしいようですが、
「あ、今苦しんじゃってる」
と気づいたらこまめに
「それは本当ですか?」
と問いかけ続けるしかないのではないでしょうか。

わんこちゃんのトレーニングと同じかもしれません。

元気いっぱい、やんちゃ全開の仔犬ちゃんに向かって
「あなたは愛よ、光なのよ!だからソファーでオシッコしちゃだめなのよ!!」
なんて言って聞かせても効果はなさそうです。

または
「あなたのチャクラのバランスを整えまーす。…さ、これからウンチはお外でするのよ」
これも、無理っぽい(笑)

粗相があったらその場をすかさずとらえて、コラコラと教えるのがトレーニングの王道ですよね。

私たちの苦しみも、同じかもかもしれません。

あ、苦しんでる。

そう気づいたら、コラコラと問いかける。

この繰り返しが、実はいちばん効果的なのではないでしょうか。 



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過去って、いいわよね。
いつも終わっているんだもの。
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原文「過去は優しくないだろうか。それはいつも終わっている。」


私たちは時々、過去のことをくよくよ、じめじめと考えることがあります。

そんなときはたいてい、「あれは実にひどかった!」などと思っているものです。

つまりそんなとき、私たちにとって過去は不愉快なものなのですね。

…が。
今日のケイティさん、私たちのそんな「常識」に一石を投じてくれました。

過去がひどい?
そうかしらね?
だってそれは「今」じゃないでしょ?
あなたは「今」、その出来事を通過する苦しみを味わっているわけではないわよね??

…はあ( ゜o゜)

言われてみりゃ、確かにそうだ。

それは確かにもう「過ぎ去った」ことです。
「今」、その悲惨だった出来事が起きているわけではありません。

かつて起きた「不愉快な出来事」を、「今」脳内で再生しているだけで…

それって、なんだかなぁ。
…( ̄O ̄)アーア
なんだか、脳内再生する気なくなってきた。
ただの動画でしょ?
それじゃつまんないもん。

…どうやら私たちは、過去についての脳内再生動画(?!)が実際に「今」起きていると信じているのです。

だからこそ、それにある種の「魅力」を覚えて繰り返し再生しようとするのでしょう。

これは再生動画なんかじゃない。
「今」、本当に起こっていることなのだ。
だからこそ、エキサイティングなのだ!!
…というわけです。

しかしケイティさんに言われたとおり、確かにそれは「すでに過ぎたこと」。
エキサイティングでも何でもない、ただの脳内再生でした…
(*_*;

そんな脳内動画が、実際に私たちを苦しめるわけはありません。
そのような意味で、確かに過去は意外に優しいのです。

「意外に優しい」、なんて過去も気の毒な言われようですね(笑)