このブログでは

『幸せに生きること』についてのひとりおしゃべりをしています。ひとりごと部屋です。

 

 

父が他界したとき。

その他界のタイミングを、静かに

「良かった」

と感じていました。

 

他界したことそれ自体に良かったと思ったのではなくて、

私の在り方が変化した時で本当に良かった、

と心から思いました。

 

少しでも他界のタイミングが早かったら、

私は父親に対して自分でもおぞましいと感じるほどの憎悪を抱いたままだったし、

父親が肉体を離れたその「死」に対してもネガティブな思考しかしてなかったと思う。

 

自分を整えることを繰り返していくうちに、

長く長く抱いてきた父を恨む気持ちは変化していたし、

「死」についての考え方も変化していました。

 

思考をコントロールして、

感情を選択して、

こころを整えて、

それをただただ繰り返して、

自分を整えることだけに集中して。

 

本来の自分の力を少しずつ取り戻しながら、

私自身の私に対する責任をしっかりと意識して。

 

そうしていたら。

 

徐々に。とても自然な流れで。

彼が生きてきた彼自身の人生、

彼が放ってきた言動、事象、

彼が創ってきた現実の中での私との関わり。

そういったものの全てが、

本当のところは私には何の関係もなかった、

と思うようになりました。

 

私自身が

どう在るか、

どう生きるのか、

そういうことに無関係なことだったのだと

感じるようになりました。

 

そもそも、

恨む必要も許す必要もなかったのだと分かりました。

 

私は私の人生を楽しく生きるために、

父親を恨んでいる時間も、許していく時間も必要なかった。

 

ただただ、自分自身に集中していればいいだけでした。

 

自分にだけ集中する。

 

そして。

それを頭だけではなく、

感覚的にもしっかり理解できたタイミングでの父の「死」でした。

 

とても静かな気持ちで彼を見送りました。

 

 

 

肉体を離れるには

早すぎる年齢のようにも感じましたが、

それもまた彼の選択。

 

「死」は決してネガティブなことではない。

 

そう知ってから体験した父の「死」は、

私にとっては何らネガティブなことはなくて。

 

むしろ。

幸せに逝った父親を尊敬しています。

 

 

 

「こころを整える習慣」

「思考を鎮める習慣」

「感情を選択する習慣」

「こころのおしゃべり」