私の実家は、春日部で商売をしていました。
近所を歩いていると、
「●●さん(店の名前)家の、かおりちゃん」
と、よく声をかけられたことを、今でも覚えています。
小さい頃は、それが当たり前だった。
けれど、成長するにつれて、その呼ばれ方がものすごく嫌になりました。
私は私なのに、どこへ行っても「●●さん家のかおりちゃん」。
自分の名前より先に、お店の名前を言われることが気に入らなかったんだと思います。
(高校卒業式のとき)
誰にも頼まれていないのに、勝手に背負っていた
当時の私は、家業とは違う仕事に憧れていました。
それなのに、
「●●さん家のかおりちゃんは、いつかお店を継がなければならない」
と、勝手に思い込んでいたのです。
両親から「絶対に継ぎなさい」と言われた記憶はありません。
それでも、家業を継がなければ両親が悲しむ。
近所の人からも、「どうして継がないの?」と思われる。
違う道を選んだら、自分勝手な娘に見えるかもしれない。
誰にも頼まれていないのに、私は勝手に家業を背負い、勝手に苦しくなっていました。
かといって、
「私は違う仕事がしたい」と両親に言う勇気もない。
話し合うこともできない。
でも、このまま家業を継ぐのも嫌。
そこで私が選んだのが、家を出ることでした。
「自立するために、東京で一人暮らしをする」
そんな都合のいい理由をつけて。
自立したかったというより、
「●●さん家のかおりちゃん」から逃げたかったから。
その後、父が急逝し、私は再び春日部へ戻ることになりました。
今なら「両親に聞けよ」と思う
今振り返れば、
「私は家業とは違う仕事がしたい」
「家業を継がなかったら、悲しい?」
と、両親に聞けばよかっただけなのかもしれません。
でも、若かった私には、それができなかった。
家業を継ぐか。
家を出るか。
まるで、その二つしか選択肢がないように思っていました。
本当は、もっといろいろな道があったはずです。
自分の気持ちを話してもよかった。
家業を手伝いながら、別の仕事を探してもよかった。
今すぐ答えを出さず、少しずつ違う道を試してもよかった。
それなのに私は、まだ誰にも何も言われていないうちから、
「きっと悲しむ」
「きっと責められる」
「周りから、こう見られる」
と、頭の中で勝手に展開を妄想していました。
そして、その妄想に自分で苦しんでいた。
周りの目を気にしていると、選択肢が見えなくなる
周りの目が気になって、やりたいことを選べない。
そんなとき、実際に誰かから反対されているとは限りません。
「そんなことをしたら、どう思われるだろう」
その不安が先に立って、自分で自分を止めていることもある。
もちろん、本当に何かを言ってくる人もいると思います。
「今さら?」
「そんなの無理じゃない?」
「今のままでいいじゃない」
心配して言っているのかもしれない。
でも、そんな言葉を投げてくる人もいます。
でも、その人が私の人生を代わりに生きてくれるわけではない。
うまくいかなかったときに、責任を取ってくれるわけでもない。
だったら、周りからどう見られるかだけで、自分のやりたいことを諦めるのは、やっぱり違うと思うのです。
結局、私は家業を継がなかった
あれほど勝手に悩み、家を出てまで逃げた私ですが、結局、家業は継ぎませんでした。
そして今は、自分がやりたいと思ったことを仕事にしています。
あの頃の私が見たら、
「継がなくてもよかったんかーーーい!」
と言うかもしれない。
でも、本当にそうなのです。
あの頃は見えなかった道が、あとになってちゃんと現れました。
でも、選択肢は一つじゃない。
やるか、諦めるか。
続けるか、全部捨てるか。
そんな二択にしなくてもいい。
まずは気持ちを話してみる。
小さく試してみる。
時期を待つ。
途中でやり方を変える。
そんな道だってあります。
周りからどう見られるかを考える前に、まずは自分が本当はどうしたいのか。
期待されている役割と、自分が望んでいる生き方を、一度分けて考えてみる。
すぐに答えが出なくてもいい。
ただ、誰かの期待を自分の本音だと思い込んでいないか。
そこに気づくだけでも、少し生きやすくなるのかもしれません。
一人で考え続けて、同じところをぐるぐるしてしまうときに。
気持ちや方向性を、話しながら整理するセッションをご用意しています。

