憧れた小説 | 日刊つぶやき新聞

日刊つぶやき新聞

訪問いただきありがとうございます。

主に、オカメインコ..手料理なんぞを載せております..。


 また、登場するが司馬遼太郎氏の

「坂の上の雲」 この小説の冒頭の

言葉に幾度も勇気付けられた。



 それは、あくまでも戦争賛美・肯定という意味ではない。

逆に、僕は正しい戦争などないと思う反戦主義者だ。



 しかし、時を遡ると、黙っていれば

間違いなく国が国を侵略し、植民地に

してきた時代が歴史として事実ある。



太平洋戦争は日本軍部の暴挙が、

かなりの犠牲と批判、矛盾を伴うが 



日露戦争時代はロシアの侵略は露骨だった。


 それを守った軍国主義という意味ではない

英雄達の気概、国民の楽天主義、

 

・・・・・・それから106年後、まさかと思ったあの大震災。

しかし、日本人、東北人の逞しい

生命力が、災いを転じて福とし、

 一番苦しんだ場所を、数十年かけてでも
 振り返れば世界の理想都市となる
 希望を持って良いではないか。

 蘇生する権利が一番ある。

 それを望むものにとってこの文章の節々に

光を差し込む言葉がちりばめられている。


 僕はこの文章に司馬氏の

あくまでも国家主義ではない、

人間主義を感じ取る。



【下記より引用文】司馬遼太郎氏 坂の上の雲より



まことに小さな国が、

開化期を迎えようとしている。


小さなといえば、明治初年の

日本ほど小さな国はなかったであろう。

産業といえば農業しかなく、

人材といえば三百年の間、

読書階級であった旧士族しかなかった。
明治維新によって、

日本人ははじめて近代的な

「国家」というものをもった。




誰もが「国民」になった。


不慣れながら「国民」になった日本人たちは、



日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。


この痛々しいばかりの昂揚がわからなければ、

この段階の歴史はわからない。

社会のどういう階層のどういう家の子でも、

ある一定の資格を取るために

必要な記憶力と根気さえあれば、

博士にも官吏にも軍人にも教師にもなりえた。


この時代の明るさは、こういう楽天主義から来ている。

今から思えば実に滑稽なことに、
米と絹の他に主要産業のないこの国家の連中が
ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。
陸軍も同様である。
財政が成り立つはずは無い。


・・が、ともかくも近代国家を創り上げよう 
というのは、もともと維新成立の大目的であったし、


 維新後の新国民達の「少年のような希望」であった。

この物語は、その小さな国がヨーロッパにおける最も

古い大国の一つロシアと対決し、
どのように振る舞ったかという物語である。
主人公は、あるいはこの時代の
小さな日本ということになるかもしれない。

ともかくも、我々は3人の人物の跡を追わねばならない。

四国は伊予の松山に、三人の男がいた。
この古い城下町に生まれた秋山真之は、

日露戦争が起こるにあたって、

勝利は不可能に近いといわれた


バルチック艦隊を滅ぼすに至る作戦を立て、それを実施した。

その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し、


史上最強の騎兵といわれるコサック師団を破るという奇蹟を遂げた。

もうひとりは、俳句、短歌といった日本の
古い短詩型に新風を入れてその中興の祖になった、
俳人正岡子規である。

彼らは、明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。

登っていく坂の上の青い天に、


もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、

それのみを見つめて、坂を登ってゆくでろう。