シアタートラムで上演中の、ケムリ研究室no.5・ケラリーノ・サンドロヴッチ作・演出『サボテンの微笑み』を観てきました。
ケムリ研究室は、
『ベイジルタウンの女神(WOWOW)』、『砂の器』、『眠くなっちゃった』を観ましたが、毎回違う世界観の作品を観れるのが楽しいです。
今回は、岸田國士の『温室の前』がモチーフの、二人きりで暮らす兄と妹の物語。
静かな、演劇でした。
けれどその静けさの中に、人の営みの哀しみ、切なさ、残酷さ、滑稽さが詰まっていて、じわじわと胸をうたれました。
兄を演じた赤堀雅秋さんが素晴らしく、妹を演じた緒川たまきさんと二人寄り添う姿が、今も脳裏に焼き付いています。
明日で東京公演は千秋楽ですが、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!
2026年4月12日(日)13時
シアタートラム
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 緒川たまき 瀬戸康史 瀬戸さおり 清水伸 赤堀雅秋 萩原聖人 鈴木慶一
昭和3年の東京郊外に建つ洋館。
舞台奥には温室が見えていて、手前には応接セット。
そこで兄と妹が暮らしていますが、兄の学(赤堀雅秋)は温室で植物を育てており、
妹の空子(緒川たまき)は兄の世話をしています。
もう若くはない二人ですが、両親の遺産があり、生活には困らない様子。
ただ、二人とも今の生活には倦んでいる様子で、幸せそうではない。
大晦日の夜の場面から始まりましたが、兄は除夜の鐘の音に苛立つし、時々大声で怒鳴るし
そんな兄をいなしている空子の態度には二人の年月を感じさせました。
現代では聞かないような丁寧で上品な空子の言葉遣いが耳に心地よかったんですが、
空子の体の動きは、どことなく不気味さもあり、最初、少し怖さも感じました。
この家には時々父親(鈴木慶一)の幽霊が出て、二人が捨てた物を拾ってきて二人の前にぶちまける。
ここ、不条理だけど二人にとっては日常のことなので、観ているこちらも何となくそういうものとして受けとめてしまいますし、
父親は死んでいても未だ二人は父親の支配下にあるのだろうな、と感じさせられました。
そんな二人のところに、学が結核の療養所にいた時に知り合った日之出(瀬戸康史)とマユミ(瀬戸さおり)夫婦、
今や売れっ子作家となった学の学友の鳥羽(萩原聖人)が訪れてから、
静かな日常は変化していきます。
学は日之出の妻のマユミに、
空子は幼い頃からあこがれていた鳥羽に恋心を抱いていて、
日之出と妻のマユミが日之出の浮気が原因で離婚したことを聞き、
鳥羽がしばらくこの家に滞在して小説を書くことになると、
学と空子は恋心に気もそぞろに。
浮気相手と別れた日之出はマユミと復縁したいと言いますが、
マユミは日之出とやり直す気はないと言い、学の温室に興味をもって一緒に花に水をやったり、
鳥羽が空子をモデルにして新聞の連載小説を書くことになると、
学と空子は有頂天に。
学も空子も相手の恋が叶えば、兄と妹二人の生活から抜け出すことができるとも思っており、恋の成就の予感に満ち溢れて一幕が終わりましたが、
観ている側としてはそううまくはいかないだろうという予感を覚えつつ休憩に入りました。
二幕目、
日之出は学にマユミを説得してくれと頼んでいましたが、それが叶わないと知ると学の家で自殺未遂を起こすし、
鳥羽は空子がモデルの分はもう書き終えてしまい、それ以上の興味はない。
マユミも鳥羽も学や空子に恋愛感情はもっておらず、
勇気をもって告白した学と空子に対して二人がかけた言葉が痛かった…
マユミは、学と空子の依存しあっている関係が気持ち悪い、というようなことを言い、
鳥羽は、空子に君は可哀想だ、と言い恋愛対象には考えられないと言う。
ここ、残酷でした。
まさにマユミと鳥羽が言ったことは真実をついていて
さらに、日之出の自殺未遂に駆け付けたマユミと鳥羽が惹かれあってしまい、二人が温室で抱きあっているところを見てしまう、学、空子、日之出の3人…
学を演じた赤堀雅秋さん、マユミの前では不器用で弱気な反面、マユミから指摘されると突如怒りだすところは生前の父親の性格を受けついでいるようにも見えて、
この人に幸は遠いだろうな、と思わせる中年男の悲哀が胸をうちました。
空子を演じた緒川たまきさんも、その純真さ、奥ゆかしさは時代を感じさせましたし、
一歩前に進めないのは抑圧的だった父親の影響を受けていることも感じさせて、彼女の失恋の痛みが私にも伝わってきました。
途中で、二人の母親は浮気を繰り返していた父親に耐えていたけれど、ある日、家の中で自死した、ということが明かされましたが、
そうすると、学と空子の二人は、そういった家庭の中で、二人でサバイブしてきたのかも
となると、他人にはわからないような絆があるのかもしれません。
印象的だったのは、幽霊の父が、学は(だったかな?)思い出の品を捨てるけど、本当は拾ってほしいと思ってやっている、という台詞があったんですが、
学も空子も、この家の呪縛から逃れたいと思っているけどできないことを表しているようで、ちょっとチェーホフを感じさせました。
マユミは空子とは対照的に、日之出が女中と浮気をして家を出た後、離婚し、フランス人が経営する香水店に勤めていて、職業婦人になっていました。
いわゆるモガになったマユミに対して、周りは「女が仕事をするなんて」という反応だったのが、昭和初期という時代背景を感じさせました。
マユミを演じた瀬戸さおりさん、離婚して自分の人生を切り開いていく強さと、学に対して相手を勘違いさせるような言動、鳥羽を誘惑するような魔性の魅力もありました。
日之出を演じた瀬戸康史さん、自分が浮気をして離婚することになったにも関わらず、その反省もなく執拗に復縁を迫り、あげくは他人の家で自殺未遂をする、という迷惑極まりない人物をきっちりと演じ切っていて見事でした。
鳥羽を演じた萩原聖人さん、私がイメージする昭和初期の小説家そのもの。
一見優しいけど残酷な魅力がありました。
時々やってくる花屋の野見を演じた清水伸さんも、ずるさやデリカシーのなさで兄妹の世界に波風をたてる不穏さのスパイスになっていて、
鈴木慶一さん演じる幽霊の父親のゆるぎなさは家父長制の名残を感じさせました。
でもどこか可愛らしさもありました。
最後は翌年の大晦日のシーンになり、元日前に誤配達された年賀状には、
日之出とマユミは復縁したこと、
鳥羽は嫌っていた担当編集者と結婚したことがつづられていて、
男と女の不条理を感じさせられましたが、
温室をながめながらそっと寄り添う兄と妹の後ろ姿で終演となりました。
途中で、二人が一線を越えるようになったら…と警戒する気持ちになりましたが、
そうはならなそうで、
きっとあの二人はああしてあの家で寄り添いながら、ひっそりと朽ちていくのかもしれない。
でも、二人の後ろ姿は、どこか尊いものにも見えました。
ケムリ研究室の5作目は、まだ大正時代の名残が感じられる時代を背景にしたシンプルな台詞劇でしたが、
時に繊細に、時に激しい演技が、
人の孤独や希望、失望、諦観などを物語っていて、味わい深い作品でした。
