PARCO劇場で上演された、フリードリッヒ・シラー原作・ロバート・アイク翻案・小田島則子翻訳・栗山民也演出『メアリー・ステュアート』を観てきました。
18世紀末にフリードリッヒ・シラーによって書かれた戯曲を、ロバート・アイクが翻案したもので、内容はほぼシラーの戯曲に沿っているものの、台詞は現代語で書かれているとのこと。
小田島さんの翻訳もとてもわかりやすく、台詞がすんなりと入ってきました。
幽閉されているメアリー・ステュアートの処刑をめぐる陰謀や画策が、緊迫感とスピード感をもって描かれ、
メアリー・ステュアートを演じた宮沢りえさんと、エリザベス女王を演じた若村麻由美さんの互いに引けをとらない演技が見事でした。
独白の多い台詞はシェイクスピア劇を見ているようでしたし、また、フィクションならではの展開も面白く、心に残りました。
以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!
2026年5月1日(金)13時
PARCO劇場
原作・フリードリッヒ・シラー
翻案・ロバート・アイク
翻訳・小田島則子
演出・栗山民也
出演・宮沢りえ 若村麻由美 橋本淳 木村達成 犬山イヌコ 谷田歩 大場泰正 宮崎秋人 釆澤靖起 阿南健治 久保酎吉 伊藤麗 上野恵佳 松本祐華 段田安則
スコットランド女王の座をはく奪されたメアリー・ステュアートは、血縁のエリザベス一世を頼ってイングランドに亡命してきますが、
メアリーがカトリック教徒で王位継承権を主張していることから、エリザベス女王に謀反の懸念を抱かれ、幽閉されてしまいます。
幽閉中、メアリーによるエリザベス女王暗殺計画が発覚し、
イングランド議会はメアリーに対して処刑判決を下すも、エリザベスは処刑執行に対して躊躇し、執行令状への署名をできずにいます。
エリザベスの重臣たちの中には議会の判決に従い、早く処刑すべきと言う者、
それに反対する者、
女王に寵愛されながらひそかに裏切りメアリーと通じる者などの姿が描かれ、
それぞれの思惑、権力欲などに女王が翻弄されている一面も。
一方のメアリーは、あくまでも無実を主張。
メアリーの看守の甥でメアリーを救おうとする青年や、エリザベス女王の寵臣からも救出の申し出を受けますが、
こちらはメアリーの性的魅力に男たちが惹きつけられている部分もあるよう。
メアリーはエリザベスとの面会を望み、一対一で話をすることで死刑を取りやめてもらえるのではないかと一縷の望みを抱きます。
救出者たちの作戦により、偶然を装った形で二人は相対することになりますが、
史実では二人が邂逅したことはないそうで、ここはシラーの創作なんですが、
この二人の場面が緊迫感があって見応えがありました。
生殺与奪の権利をもっているエリザベス。
逆にその権利を握られているメアリーは、はじめはエリザベスの前に膝を折りますが、
二人のプライドを賭けたやりとりがエキサイトしていく中で、
メアリーはエリザベスの母、アン・ブーリンに言及したことでエリザベスの逆鱗に触れ、結局、メアリーは自ら助命のチャンスを失うことに…
さらに、その後エリザベスが暗殺されたとの報が入り、もはや望みは絶たれたと絶望するメアリー。
一方、エリザベスはメアリーのもとから帰る途中に暗殺者に襲われますが、重臣に助けられていて、暗殺の報は誤報なんですが、メアリーへの怒りと敗北感が強い。
そんな中、ついに死刑令状に署名をしますが、それでも明確な命令は出さず、廷臣に令状をもっておくようにと渡します。
エリザベス自身、混乱のうちに署名をしたけれど、この期に及んで責任から逃れてもいる。
その令状に署名をしてあるのを見た別の重臣が、死刑命令ととらえ、メアリーの死刑を決行すべく動く。
ところが、議会でメアリーの暗殺計画について証言した者たちが、その証言は偽りだったと告白、それを聞いたエリザベスは裁判のやり直しを命じますが、すでにメアリーは処刑台に上っていた…
この、二人が邂逅した後の流れがフィクションとしての面白さがありました。
死刑の運命を受け入れた後に覚悟を決めたメアリーの潔さ、最後の告解でも暗殺計画を認めなかった強さ、自身の信仰心に守られながら死に向かう姿の崇高さと、
署名をしておきながらも直接に執行命令を出せずにいたエリザベスの迷いと弱さとが対照的に描かれていました。
とても皮肉で悲劇的な結末でしたが、一方で、
シラーはメアリーを無実だと描き、裁判のやり直しを命じたエリザベスについても描いている点では、二人の名誉を守っているようにも思えました。
ただ、メアリー・ステュアートの伝聞を知る現代において、演出家は、メアリーは無実だと解釈するのか、または観客がどうとらえるのかについては分かれるところな気がしますが、
パンフレットによれば、演出の栗山さんは、メアリーは無実ととらえているとのこと。
確かに、為政者の都合によって歴史が作られることもある中で、実際のメアリーの行いがどうであったかは知る由もないですもんね。
劇中で、二人はお互いを鏡に映った自分ととらえていて、
メアリーの方は、まずはエリザベスの手の中に自分の生死が握られていること、その直接的な恐れがあるし、
エリザベスの方は、自分の母親が死刑になっていることから、血縁者を死刑にすることのトラウマ、
また、メアリーを死刑にすれば一時的に国民からは支持されるかもしれないけれど、後にそれが非難に変わっていくであろうことへの恐れがあり、
二人とも女王としての名誉が汚されることへの恐れと女王であることの譲れないプライドがある。そしてそれゆえの孤独。
また、メアリーの方は奔放な男性関係をある意味自由に生きているようで、
エリザベスの方は、女性としての幸福よりも国家の安寧のために尽くしてきていて、一見反対のように見えるけれど、
メアリーも自分の性的魅力を利用されていたのかもしれず、
エリザベスの方も外交政策としての結婚を勧められている点では結局は女性性を利用されているとも言えて、
二人とも周囲の男性たちに翻弄されている点では同じで、
この点については、2015年に観たダーマ・マライーニが翻案した『メアリー・スチュアート』で、フェミニズムの観点からラジカルに描かれていたのを思い出しました。
(二人が会う場面で突然歌いだしたのには面喰いましたが笑)
演出の栗山さんは、今作について「時代劇」を作るつもりはなく、現代からの視点で「現代劇」として演出したとのことですが、
確かに、エリザベスが世論を恐れるところは、現代の政治家の姿や、SNSで飛び交う世論にみる大衆の姿も連想され、
劇中ではプロテスタントとカトリックの確執についてしばしば語られましたが、現代の政治におけるイデオロギーの対立を思いおこしたりもしました。
また、「正義」という言葉のもつ危うさ、未だに戦争が続く世界についても…
メアリー・ステュアートを演じた宮沢りえさん、その美しさに周囲を魅了したであろう説得力があり、
死刑に脅えつつも誇りを捨てないところ、
自分の運命を受け入れた後に臣下たちに見せた慈愛の表情、
黒いドレスを脱ぎすて真っ赤なドレスで死刑台に向かっていくところが強く印象に残りました。
エリザベスを演じた若村麻由美さん、謀反を起こす魅力をもつメアリーへの恐れ、
メアリーの生死を自分が握っていることへの恐れ、
重臣たちさえ敵になる中で国を背負うことの覚悟と孤独、
などが迫ってくる演技で、私はエリザベスに感情移入していることも多かった気がします。
メアリーとエリザベス以外の出演者は、ちょっと個性がバラバラな感じでしたが、
犬山イヌコさんは、慈愛に満ちた誠実な乳母を演じていましたし、
木村達成さんの野心に満ちた演技も生き生きとしていました。
谷田歩さんのシェイクスピア劇を思わせる硬質な演技はさすがでした。
橋本淳さんは裏切りを重ねる役でしたが低温の演技で、私の好みからははずれていましたが、何を考えているのかわからない感じはよく出ていて、
阿南健治さんと段田安則さんは人物像はよくわかりましたが宮廷人には見えず、
栗山さんの「時代劇にはしない」演出とも関係があるかもしれませんが、男性陣の衣装も時代性とは離れていて、私的にはもう少し「らしい」感じの方が好きではあります。
私は2015年のダーチャ・マライーニ翻案版の『メアリー・ステュアート』の方が観終わった後のインパクトが強かったんですが、
栗山さん演出の本作は物語の展開がわかりやすく、現代との共通点も感じながら楽しむことができました。

