東京芸術劇場シアターイーストで上演中の、加藤拓也作・演出・た組『景色のよい観光地』を観てきました。

 

加藤拓也さん作・演出の作品は、『綿子はもつれる』『もはやしずか』 『いつぞやは』 と観てきていますが、(2022年版の『ドードーが落下する』はYouTubeにあがっていたものを鑑賞)

感想を読み返すと、特定の人物に感情移入していたり、防衛的になっていたりと、私自身の心理にかなり影響があった感じですね。

 

今作は、今まで観た作品と印象が違って、観終わった後の自分の心理的反応が意外でもありましたが、平原テツさん、田村健太郎さん、安達祐実さんのトリオと加藤作品のフィット感は相変わらず抜群で、軽妙ながらも真意をつく台詞のやりとりを楽しみました。

 

以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断でお読みください!

 

 

 

image

 

2026年1月25日(日)14時

東京芸術劇場シアターイースト

作・演出 加藤拓也

出演・田村健太郎 平原テツ 安達祐実 宮崎秋人 呉静依(Jing Wu)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山中の観光地で、健介(田村健太郎)と隆治(平原テツ)が経営するお茶屋。

舞台上にはカウンターとスツール、背面の窓からは木々の緑が見えて、洒落た内装を思わせるセット。

 

健介はお茶やお菓子の調理、隆治は経営を主に担当し、観光客を相手に店を営んでいますが、健介は毒のある食べ物を調理する、という趣味があり…

 

今回、トリガーアラートが出ていたので、毒気の強い話なんだろうな、と思っていたら、もろに毒を食べる話でした(笑)

 

健介は、ベニテングダケなどの毒性のあるものを中毒をおこさないラインで最高の旨味を出す、ということに挑戦していて、はじめはあくまで趣味の範疇であったのが、試食した隆治はあまりの美味さに驚き、客に提供しよう、と言い出します。

 

健介は安全性という一線を越えてはいけないという倫理観からその提案には乗らなかったんですが、近くの旅館で働く前野(安達祐実)と、オーガニックレストラン経営者宮口(宮崎秋人)が勝手に試食品を食べてしまい、一口食べたらそれはもう恍惚の世界で…

 

もうここからは、毒のある食べ物への依存まっしぐら、口々に「これすごい!」「自己責任と明示すれば裏メニューとして出せるんじゃ?」となり、

このあたり、人間の好奇心や仲間意識、同調圧力などがどんどん嗜癖をエスカレートさせ、自己責任を免罪符にしているところや、「天才」と言われてまんざらでもない健介もあるあるで、ブラックユーモアとして笑いを誘われました。

 

やがて、健介のネットでの呼びかけに応じて台湾にしかない物を売りに来た楊(呉静依)が加わったあたりから、事態は急転直下。

 

一定量を超えた毒物を食べてしまった彼らの狂乱の様もすごかったし、それによって凄惨なありさまになるところはなかなかにショッキングな描写でもありましたが、

 

私自身は終始、「そのうちそうなっていくだろうなー」と思ったように展開し、それぞれが責任を押し付けあったり、保身に走るところも「ほーら、やっぱり」という感じで、あまり衝撃は受けず、どこか冷めて観ていたのが意外でした。

 

健介と隆治の性格や経営に対する考え方の違いが会話の中で浮かび上がってくるのも脚本、演技、演出の上手さが際立っていたし、

安達祐実演じる前野のまるでポエムのような食レポも面白く、背徳感も加わってどんな味なんだろうな、と想像するのは楽しかった。

 

オーガニックレストラン経営者の宮口も、あのノリに流されてしまう軽さがよく出ていたし、台湾から食材を持ってきた楊も、そもそもお金になるからと怪しげな取引をしなければよかったのに、と可哀そうにもなりましたが、結局は彼らの自業自得、自己責任の結果ゆえ、と思うと、「自己責任」という言葉は共感を遠ざけるものだなあ、と改めて感じたり。

 

最後は、残った3人も殺しあうのかしら、と思ったんですが、場面変わって何事もなかったように健介、隆治、前野が店にいて、宮口と台湾から来た楊は行方不明になっているわけで、常識的に考えれば警察の手が入ってもよさそうですが、ではあれは毒物が見せた幻覚だったのか、と思うとそうでもなく…

 

それにしても、誰でも何らかのきっかけで依存症になっていく可能性があることを考えると、人間の、というか人間の脳の仕組み(報酬系回路とか、ドーパミンとか)の脆弱さと危うさを感じます。

 

同時に、何事もなかったような3人の態度からは、都合よくなかったことにしてしまう人間の厚顔無恥さも。

 

そもそも、毒を喰らう話にしたのは、エンタメを含む世の中の出来事に対して過剰ともいえるセンシティブな反応をする昨今への作者のアンチテーゼなのかしら、とも思ったり、

 

あるいは、はじめからAIによるナレーションが流れていたし、これはAIが作った物語なのかもしれない。

“人間の行動”を学習したAIが作った、「にんげん」というタイトルのおとぎ話なのかもしれないな、と思ったりもしたのでした。