東京芸術劇場シアターイーストで上演された、モチロンプロデュース・山田太一作・倉持裕脚色・木野花演出『岸辺のアルバム』を観てきました。

 

以前WOWOWで観た、モチロンプロデュースによる倉持裕脚色・木野花演出の『阿修羅のごとく』が面白かったので、チケットを取りました。

 

『岸辺のアルバム』は、1977年(昭和52年)にTBSで15回にわたって放送されたテレビドラマで、(私は未見)まず、それを2時間40分にまとめた倉持裕さんの手腕がすごいな、と思いました。

 

当然、エピソードの取捨選択をしたと思いますが、物語の流れや登場人物の心情もとてもわかりやすく、かつ、芯のところを外していないように感じられました。

 

今から53年前の、昭和48年におきた多摩川水害を背景に、多摩川の土手沿いに建つマイホームに住む4人家族の、崩壊と再生の物語。

 

私自身、昭和世代なので、今回の舞台に懐かしさを感じる部分と、現代の価値観との差異を感じるところがあって面白かったです。

 

また、リアリズムに徹した演出が、登場人物の心理を繊細に浮かび上がらせていて、共感したり反発を覚えたりしながらの2時間40分でした。

 

以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

 

 

 

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2026年4月25日(土)13時

作・山田太一

脚色・倉持裕

演出・木野花

出演 小林聡美 杉本哲太 細田佳央太 芋生悠 前原滉 伊勢志摩 夏生大湖 田辺誠一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多摩川の土手沿いに建つマイホームでは、専業主婦の妻(小林聡美)、商社マンの夫(杉本哲太)、大学生の長女(芋生悠)、高校3年生の長男(細田佳央太)の4人が暮らしています。

 

夫は仕事第一で、家庭のことは妻に任せきり。

深夜に帰ってきては夫婦の会話もない。

 

妻は裁縫の内職をしながら家事に明け暮れる日々。

長女はそんな母に不満を抱き、母のようにはなりたくないと反発。

 

長男も受験を控え、妻の孤独感は増すばかり。

 

そんな毎日の中、無言電話がかかってくるようになる。

何度目かの電話に出てみると、相手は北川(田辺誠一)と名乗り、ある日見かけた妻にとても惹かれたと言う。

 

そう、昔は電話帳に個人の電話番号がのっていたんですよね。住所がわかれば、電話番号がわかるんだった。今じゃ考えられないけど。

 

やがて妻は北川と会うようになり、ダブル不倫に。

 

一方、長女は、付き合っていた外国人の彼氏にふられ、かつその彼の友人に強姦されてしまい、あげく妊娠してしまう。

親に言うことができず、長男の担任教師(前原滉)に堕胎の同意書を書いてもらうことに…

 

会社で大きなトラブルがあり、その結果人身売買に近いことをせざるを得ない夫。

 

長男は、母の不倫も、姉の堕胎も、父の後ろ暗い仕事内容も知ってしまって苦しむ。

 

長男はまだ10代なので事態を飲み込むこともできず、でも何とか家族の崩壊をつなぎ止めようとするんですが、ふと、現代の10代の男の子なら、こんな風に必死になるかしら?とも思ったりもしました。

 

やがてそれぞれの秘密は暴かれ、一見平凡な幸せに満ちていたような家族関係は崩壊寸前になってしまいます。

 

また、夫の会社の業績も立ちゆかなくなり、早期退職希望者を募られるまでに。

 

杉本哲太さん演じる夫は、家族を養っているのは自分だと威張り、妻や子供と真摯に向き合おうとせず、時に声を荒げたり暴力をふるったり。

 

そういう態度には見ていて反発を覚えましたが、家事と育児は妻がやるべきことで、家庭を守るのが妻の役目、と、当時はそう考えていた人も多いだろうな、と。

そんな人物像をリアルに演じていました。

 

今の時代から見ると、夫の態度は言語道断で、今や家事や育児は夫婦が協力するもの、ではありますが、未だ男性の本音の部分との齟齬があるのでは?とも思います。

 

今は仕事に出るのを禁止するような夫は少ないと思いますが、というか経済的にも共働きが必要な世の中にあって、夫は妻に仕事もしてほしいし、でも家事や育児は妻にやってほしい。

 

妻としては仕事もしながらなぜ自分だけが家事や育児の負担が大きいのか、夫もやって当然なのに、という争いは絶えないような…

 

一方で、本音を言えば専業主婦になりたい、という女性も多いとのことですが、専業主婦でも、妻の側が家事や育児は夫婦で協力するものと思っていると、ぶつかってしまうのでは。

 

とはいえ、そもそも働き方の問題でもあり、現実問題として家事や育児に時間をとれないという夫の言い分もあると思います。

 

また、根本的には、家事、育児負担のバランス以前に互いを個として尊重しあえるかどうかが肝要だと思いますが、家族になると役割が出現するので難しいですね。

 

それに、息子を育てる母親にも責任はあって、息子が誰かの夫となり、父となった時に、同じことをしてしまうということはそういう男を再生産しているともいえるかも。

 

私自身も、息子というのは可愛いもので、帰省してきた時などつい、甲斐甲斐しくなっている自分に苦笑したりしますし、

私自身は息子には妻と協力しあう夫になってほしいと思いますが、そうなれるようにちゃんと育てられたか自信がない部分も…

 

舞台に話を戻すと、

高圧的な夫の態度や、家事や育児以外に価値を認められない自分、家庭の中にあって話し相手もおらず、孤独な日々。

 

そんな時にふと

「互いの家庭は壊さないというルールにのっとって、浮気をしましょう」と北川に言われて、踏み出してしまった妻。

 

北川を演じた田辺誠一さんは、優しくてずるい男性を好演。

そういう男性につい惹かれてしまった妻の気持ちもわかる気はします。

 

でも、ある程度の自制心があり、ある時点で北川と別れ、自分の不貞が明らかになった後で、夫と一緒にいたい、と言うところなどは、タフだな、とも思いました。

それ以外に生活していく道はないとしても。

 

妻を演じた小林聡美さんは、そんな心の揺れや、弱さや強さを繊細に表現していて、魅入りました。

 

妻の不貞を許したわけではないけれどそんな妻に離婚を言い出さなかった夫は、度量があるのでしょうか。

もっと怒るのかと思ったんですが。

それとも妻に依存している部分もあるから?

 

長女を演じた芋生悠さん、母親を見て苛立つ気持ち、かつての自分を見ているような気持ちになりました。

 

堕胎につきあってくれた弟の担任教師との交際を、父親が年齢の差で反対するところも、(え、そこ反対する理由?と思いましたが)担任教師を演じた前原滉さんの穏やかさが救いでした。

 

家庭の中で右往左往しながら家族をつなぎとめようとする長男を演じた細田佳央太さん、純粋さと必死さが伝わってきましたし、

 

妻の友人や夫の部下を演じた伊勢志摩さんのクスっと笑わせる演技が場の空気をゆるめてくれてほっとしました。

 

夫の部下を演じた夏生大湖さんも、世代間の差が明確になっていてよかった。

 

崩壊寸前になった一家を、ある日大型台風が襲い、多摩川の土手が決壊し、避難先に集まった4人が見たものは、

 

自分たちの家が壊れ、濁流にのまれていく様…

 

ここはどう表現するのかな、と思いましたが、真っ暗な中で俳優たちの叫び声が響き、想像力を促されました。

 

そして、自分たちの家の屋根だけが残っていて…

 

ここで、はじめて、夫は自分が守ってきたと思っていたのは家族そのものではなく、家という建物だったこと。

 

おりにふれ写真を撮ってきたけれど、そのアルバムは家族のほんの一瞬を切り取ったものでしかなかったことに気が付きます。

アルバムの道のりは、妻がひとりで子供と歩んできたもの。

 

そして、そんなことに気がつかない夫との生活は、「さびしかった」とやっと本音が言えた妻。

 

家も、仕事も、何もかもなくなった時点で、はじめて、家族がそれぞれと向き合い、一からやり直そう、と再生への一歩を踏み出して終演となりました。

 

『岸辺のアルバム』は、不倫や強姦や人身売買など、当時のドラマとしては、かなりセンセーショナルな内容だったかもしれませんね。

 

結局、妻は夫のもとに戻ったところは少し甘い感じもしましたが、当時はそれくらいでないと視聴者の共感が得られなかったかも。

 

いずれにしても、再生への希望が感じられる結末は心に一筋の灯りをともしてくれました。

 

木野花さんの演出は、さりげない生活感が出ているところが好きですが、

 

今回、座席が変形となっていて、正面のメインステージの先に縦に長く通路をはさんで数段高いサブステージ、それらを客席がコの字型に囲んでいるんですが、

 

私は正面後方だったので、メインステージと通路の芝居は見えましたがサブステージでの芝居が全く見えず、ストレスがたまりました。

 

時折、対面式や三方囲みなどの座席がありますが、私は基本的に、死角ができる配置が好きではありません。

 

観客に近いところで演技をする、というのはエキサイティングかもしれませんが、それって俳優や演出家の自己満足では?とも思います。

物理的に近くなくても熱量は伝わるのではないかしら。

その点が、残念ではありました。