東京芸術劇場シアターイーストで上演中の、フロリアン・ゼレール作、ラディスラス・ショラー演出『 La Mère 母』を観てきました。

今、隣のシアターウエストでは、同じ作・演出家による『Le Fils 息子』(再演)が同時上演されています。

 

ゼレールによる『Le  Père父』、『 La Mère 母』、『Le Fils 息子』3部作のうち、『Le  Père父』は2019年、『Le Fils 息子』は2021年に東京芸術劇場で上演されていて、私は『Le Fils 息子』の初演を観ています。

 

また、3部作はゼレール自身の監督による映画化もされていて、『Le  Père父』と『Le Fils 息子』はWOWOWで放送されたものを観ました。

 

『La Mère 母』では、子どもが独立した後の母親の孤独と混乱が描かれていて、その脚本と演出によって観ている私も母親の心象世界に否応なしに巻き込まれていきました。

痛みを伴う部分もありましたが、時に鬼気迫る若村麻由美さんの演技が素晴らしく、見応えがありました。

 

『Le Fils 息子』と役名が同じなので、はじめ同じ家族の話なのかなと思いましたが、そうではないんですね。

夫を演じた岡本健一さんも、息子を演じた岡本圭人さんも、そして夫や息子の若い恋人などを演じた伊勢佳世さんも、『Le Fils 息子』の時とは違う人物像ですが、共通する部分もあるように思わせる、その演じ分けが観ていて刺激的でした。

 

 

以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

 

 

 

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2024年4月6日(土)14時

東京芸術劇場シアターイースト

作・フロリアン・ゼレール

翻訳・齋藤敦子

演出・ラディスラス・ショラー

出演・若村麻由美 岡本圭人 伊勢佳世 岡本健一

 

 

 

 

 

 

 

 

夫と息子、娘のために生きてきた専業主婦のアンヌ(若村麻由美)。

子どもたちは成長して独立し、連絡もよこさない。夫にも若い女の影があり、今や一人空虚を胸に抱える毎日。

 

帰りの遅い夫の浮気を疑い、夫も家を出て行ってしまうのではないかと怯えながら、夫に対して苛立ちや攻撃的な言動をみせるアンヌがとても痛々しい。

 

何度も同じ場面が繰り返されるのではじめは戸惑いましたが、その都度アンヌの言動も夫の言動も違っていて、これは『Le  Père父』のように、アンヌの頭の中、心の中の出来事なのだとわかりました。

 

そのうち、恋人とケンカした息子が帰ってくるんですが、やはり同じように場面が繰り返され、少しずつ違う展開となりましたが、

共通していたのは、

 

息子への過剰な愛情と執着、

息子や夫の若い恋人への嫉妬、

夫や子どもたちのために生きてきた後、自分には何もない虚しさ、

夫への疑いと不和

 

薬とアルコールの摂取で倒れて入院する場面もあったので、すべてはアンヌの妄想なのか、夫や息子の真の姿はどれなのか、もしかしたら本当は、息子は死んでいるのか?などと思ったりもしましたが、

子どもが巣立った後の寂しさには共感を覚えて、

 

私も息子が小さい頃はいろいろと心配なこともあったので、大学を卒業して就職が決まった時には、本当に肩の荷が下りてほっとしたんですが、

 

いざ息子が家を出ることになり、引っ越しのその日、「頑張ってね!」と握手をして送り出した後、

「さっ、さ、さみしぃぃぃぃぃぃ」と、多分今までの人生で一番寂しさを感じて、

「行っちゃったんだなあ」と、息子がいた部屋に何度も行ったり来たりしたのを覚えています(笑)

 

アンヌと息子の場面では、息子自身も母親の束縛に苦しんでいるという描写もあって、母と息子の親子間の葛藤が明確に描かれていました。

 

終盤、病床の母親の首を息子が絞め、母親もそれを受け入れる場面がありましたが、ここは心理学でいうところのいわゆる「親殺し」として、母と息子の自立を描いているように受け取りました。

 

その後、隣にいたのは入院を知って駆け付けた夫で、夫ははじめから浮気などしていなかったのか、すべてはアンヌの妄想だったのかはわかりませんが、

 

これからの人生、傍にいるのは息子ではなく夫、という示唆にも感じられて、

アンヌも、人はすべからく孤独であることを受容した上で、夫との関係を再構築していくのならば、希望と言ってもいい終わり方かもしれないな、と思いました。

 

『La Mère 母』『Le  Père父』『Le Fils 息子』の3部作が、決して楽しい作品ではないのに世界のあちこちで上演されているのは、

 

『母』は更年期における空の巣症候群の、『息子』は思春期の、『父』は老年期の、人生のステージにおけるアイデンティティクライシスを描いていて、それは誰もが突き当り得る普遍的な事柄だからかもしれません。

 

時にリアリズムに徹し、時に現実と非現実の狭間に観る者を陥らせながらの演出と演技に、力と魅力がありました。

 

あと、今回も、青、赤、白のトリコロールカラーを基調にした美術がとても美しく、辛い内容も緩和されていたように思います。

今回、私は『La Mère 母』のみの観劇ですが、同時上演の『Le Fils 息子』と一緒に観ると、また違う発見や感動があるかもしれません。