いきなりジャンボ尾崎さんの訃報が
飛び込んできた。


まさかあのジャンボさんが。
何か前触れありました?
癌で闘病中とか。
全く、寝耳になんとやらですよ。
彼の門下生である女子プロゴルファーたちが、
国内外で活躍し始め、ジャンボさんの所へ
ご報告に行ってきたとかの報道はありました。
自分の指導してきたゴルファーたちが
活躍し出しているのを見て、
ジャンボはさぞ、ご満悦だったでしょう。
ジャンボで思い出すシーンと言えば、
一つは、日本プロゴルフ選手権で、
その当時全く無名だった合田洋選手との
最終日の優勝争いだ。
合田選手がジャンボ尾崎に対して、
1打リードしての最終ホール。
合田選手の第二打は、グリーン近くにある
バンカーの中へ。
バンカーに入ったボールは、
普通の場合、サンドウエッジで打つのが
普通なんだけど、
合田選手はなんと、この状況でパターで
打つことを選択したのだ。
別に、バンカーに入ったからと言って、
パターで打ってはいけないことはないが、
プロの試合でパターでバンカーから打つのは
あまり見たことがない。
解説者陣もこれには相当驚いていた。
けど、結果としてこのパターでの選択が
吉と出て、合田選手はなんとかこのホールを
パーとしてホールアウトし、初優勝を成し
遂げたのであった。
(その後、合田選手は全くいいところなしで、
消えていった)
もう一つのジャンボさんの印象に残る試合は、
高橋勝成選手とのマッチプレー選手権での決勝戦だ。
雨の中の死闘とも語られている名勝負だ。
高橋選手が1アップリード迎えている終盤、
2人のねじ合いの攻防が続いていた。
ジャンボも長いパーパットを決めたり、
ピンそばに止まるスーパーショットが出たりで、
目が離せなかった。
最後の18番ホールで尾崎選手が追いつき、
エクストラホールへと入っていった。
が、ジャンボもついに力尽き、
1.7メートルのパーパットを外し、
決着がついた。
このいずれの試合も、負けてなお存在感を増す
ジャンボ尾崎選手の偉大さ、存在感の凄さを
まざまざと見せつけられたような気がした。
今でこそ男子ゴルフの人気は低迷しているが、
彼の功績は計り知れない。
プロ野球で言うところの、巨人の長嶋さんくらいの
影響力があったのではないかと思うほどだ。
もう彼以上の選手は今後ゴルフ界に出現しないと思う。
彼は、45才を過ぎてもなお勝ち続けたのだ。
45才 優勝7回
46才 3回
47才 7回
48才 5回
49才 8回
50才 5回
51才 3回
52才 2回
53才 1回
54才 0回
55才 1回
恐ろしい数字だ。
来年の男子ゴルフで、開幕戦と言わず、
全ての開催試合で、彼の追悼式をすべきと
アラカンは思うのだが、
それはやりすぎでしょうか。