スポーツの秋。
いろいろなスポーツは、
秋にその最終結果を迎えることが多い。
例えば、プロ野球。
日本で行われる日本シリーズもそうだし、
アメリカのワールドシリーズもそうだ。
この秋に結果が出る。
サッカーでは、「結果が全てだ」的な
発言も多い。
特に、サッカーの監督は結果を求めれており、
結果が悪ければ、即解任(クビ)となる場合も
多い。
結果が良ければ、選手のおかげで、
結果が悪ければ、監督の責任となる。
さあて、ここからが本題となる。
本当に結果が全てだろうか?
推理小説などは、
結果(犯人)が分かってしまうと、
一気に興醒めになる場合も少なくない。
映画などでは「ああ、結末は言わないで』、
となる。
数々のスポーツでも、
結果をわかってしまったゲーム(試合)は
見る方も興味は半減するし、
ワクワク感も興奮度も、しっかり半減する。
では、(試験)勉強はどうだろう?
もちろん勉強して、目標を達成できたに越した
ことはないが、そうでなくても、
その過程での奮闘ぶり、振り絞った努力は、
決して無駄にはならない。
これからの長い人生において、
決して無駄にはならないはずだ。
そういう意味においても、過程=経過が
大切なものもあるのだ。
結果と経過。
けっかの間に、「い」を入れ替えるだけで、
こうも意味が変わるのだ。
結果と経過。
実に面白いねえ、実にいいねえ。
ほいでも、
結果ありき、犯人がわかってから始まる
「コロンボ刑事」はなぜか知らん
結構面白いよね。
ちゃんちゃん。