こんにちは。
アドラー心理学・勇気づけリーダーの
Eikoです。
ブログに来ていただいて嬉しいです(^^)
今日は朝から晴れ
洗濯物が乾くかなあ。
もし一日晴れるようなら
幼稚園終わってから
ゴザを持って娘と公園に行こうかなと
計画中。
お菓子とお茶と、遊具があれば
十分楽しめるって
幸せですね
さて、先日からSMILEという
勇気づけ関連の講座を学んでいます。
参加メンバーがふたを開けてみると
ELMリーダー養成講座と
SHINE講座でご一緒した方で
構成されてました!!
安心感が半端ない(笑)
今回の学びもブログで書いていけたらなあと
思っています。
その中で自分が叱られてた経験を
思い出すことがあったんです。
子どものころ、
母によく叱られてたわたし・・・
時代もありますが、
ほんとによく叱られてた気がします。
そして母の怒りが大きいときは
ベランダか玄関の外に
しめ出される。
わんわん泣くわたし。。。
(母)「ほかの家の子になったらいい」
(となりのおばちゃんが)「うちの子になる???」
こんなやり取りがしょっちゅうあったみたい。
いや、母に言わせれば
しょっちゅうだったということです。
(わたしは数回程度しか記憶になく、実はあんまり覚えてない)
お姉ちゃんに
「もう許してあげて。中に入れてあげて。」
と言われて、
ほんまにあんたは
よく助けてもらってたんやで~
と母に言われてるわたし。
姉にもそういわれます。
そういわれたらそんな気もする・・・
そうだったのかなあ、確か。
(あくまでそんな気しかしていない)
親不孝、姉不幸(笑)ですが、
当の本人はこんな感じ![]()
何が言いたいかというと、
怒られてる本人には
「怒られている内容について」は
まったく響いてなかったこと。
わたしは末子なので
深刻に受け取らず
姉に助けてもらえる前提も学び
響かない要素も
多分に含まれていたのかもしれませんが。
しょっちゅうということは
家を出されてわんわん泣いても
一次的にその状況を回避するために
あやまったりしたかもしれないだけで
同じ事(叱られる行動)
を繰り返した。
母にとっての問題行動を
とらなくなったわけではなく
本質的な解決には至ってなかった気がします。
じぶんの体験から知る。
不思議な感覚でした。
わたしも人間なので
感情を使って
娘に叱ることはこれから出てくると思います。
でもそれで解決に至らなかったとしても
このことを思い出すことができたら
解決の糸口につながる気がします。
叱る=一時的な効果。
むしろマイナスに働く場合もある。
ということを頭に入れながら
同等の立場に立って
その行動の本当の目的に沿った
建設的な対応を考える。
うーん、できるかなぁ・・・(笑)
少しずつで大丈夫。
やってみよう
理想は高く。
そして実践あるのみですね。
今日もお読みいただきありがとうございました(^^)/

