ワタシの介護バックステージ⑥
〜介護の裏側で、私がようやく自分を取り戻すまで〜
「私がやらなきゃこの人は生きていけない」
ずっとそう思っていました。
そう思い込まされてきた、と言った方が正しいのかもしれません。
「お母さんはもうすぐ90歳なんだよ。だから仕方ないでしょ。やってもらわなきゃ困るの!」
そんな言葉を、私は何度聞いてきただろう。
私の母は現在84歳。
身体は元気で自分自身の身の回りのことは自立。
東京に住んでいた母が私と同じ町内に越してきてから7年が経ち、一昨年に物盗られ妄想が発症。
周囲にも迷惑かけていることを知り、もの忘れ外来を受診。
今年になり認知症がかなり進行したため、医師からもデイサービス利用を勧められ、本人も同意の上契約に至ったが、
デイサービス利用初日に激しく拒絶からの介護者であるワタシへの暴言の数々。
ケアマネジャーさんの指示により一度も通わぬうちに
契約したデイサービス施設とも最終契約中止となりました。
ここ数ヶ月、母の認知症が進むにつれ、今まで以上に母は私に頻繁にSOSを出すようになっていました。
電話の内容は、、、
「体がしんどい、どうしたらいいのか分からない」
「もうお風呂に何ヶ月も入ってない 温泉に行きたい」
「お金がないから立替えて食べもの買って持って来て」
「生活費引き落として持って来て」
「光熱費コンビニで払って来て」
といった“助けを求める”言葉のオンパレード。
最初のうちは、心配もあって対応していました。
でも、ある時ふと気づいたんです。
これは本当に「助け」なんだろうか?と。
私が母からの依頼を全てやってしまうことで、気付けば母は自宅から殆ど出ずに生活している状態に、、、
(そら認知症も進みますね)
「やってもらって当たり前」の罠
昨日の母とのやりとりの中で、
「自分はもうすぐ90歳なんだよ」
「年寄りなんだから、できなくて当たり前 やってもらって当たり前」
という言葉が何度も出てきました。(実際は84歳です)
そのたびに私は、心のどこかでは「仕方ないのかもしれない」と思ってしまう。
でも、冷静に振り返れば、こうした言葉は、
「あなたがやるのが当然でしょ」という感情操作だったのです。
支援の線引きをした日
昨日いよいよ母と電話にて対決。
(ケアマネージャーさんと相談後、電話に出て私からの条件を話すことにしました)
私は何回も同じことを母に伝えました。
「今後、生活支援を私から行うことはしません。今まで通り生活支援を求める場合は、貴女がデイサービスを継続的に利用することが条件です」
その言葉を何度か繰り返していくうちに、次第に母の声色が変わり、
「じゃあもう東京に帰るから、預けていたものを全部返して!」
と怒鳴られました。
これは“泣き落とし”が効かなくなった時に、
次の攻撃として「見捨てられる不安」をこちらに植えつけようとする反応です。
心理学的には「逆転移」とも言える現象ですが、今回は私は動じませんでした。
通帳とカードをポストに返した日
「預けていた物を返してほしい」と言われたので、
そのまま母宅のポストに、通帳・キャッシュカード・保険証などを返却しました。
不思議なことに、返し終えた瞬間、体の力がすっと抜けたような感覚になりました。
「あ、これで終わったんだ」
と心から思えたのです。
母に「支配されている」と感じていた私自身が、
自分の意思で「支援の終わり」と「物の返却」を完了させた。
これは、心理的にも現実的にも、自立を取り戻す大きな一歩でした。
呪縛からの解放とは
介護とは、「やさしさ」や「愛情」で語られることが多いけれど、実際には「罪悪感」や「義務感」、
ときに「支配」と「被支配」の関係が隠れていることもあります。
今回の私は、「これ以上は無理です」と明確に伝え、
制度(ケアマネさんやケースワーカー)に引き継ぐことで、
“支援の手を引くことは冷たいことじゃない”と実感しました。
私が動かなくても、制度は回る。
母は“私”ではなく、“公的サービス”を頼るべきなのだと、ようやく心から思えました。
最後に
これを読んでくれているあなたが、
同じように「親との関係に疲れている」なら、
まずは線引きをする勇気を持ってほしい。
やらない選択は、見捨てることじゃない。
「自分の人生を、自分のために取り戻す」ということなのだから。
そして──
老いても、母の人生は母のもの。
私の人生は、私のもの。
その境界線を守ることこそが、
お互いの尊厳を大切にするということなのだと、今ならはっきり言えるのです。
この記事をもって、ひとまず「母の笑える介護日記」「ワタシの介護バックステージ」は一区切りとなります。
母の介護支援に関わってきた日々を振り返りながら、
悩み、葛藤し、ときに涙しながら綴ってきたこのnote。
ですが今、私は母の直接的な介護支援から距離を置く決断をしました。
これからは「支える側」としてではなく、
「私自身の人生」をもう一度立て直していく時間にしていきます。
そのため、このnoteの介護に関する投稿も、ここで一旦筆を置くことにします。
これまで読んでくださった皆さま、共感や励ましの言葉をくださった方々へ、心から感謝しています。
介護というテーマには終わりがなく、形を変えて続いていくものかもしれません。
けれど「私の人生もまた、私の大切な物語である」という視点を、この経験を通してようやく持てたように思います。
どうか皆さんも、ご自身の人生を何よりも大切に。
本当にありがとうございました。







