「もっとこうしてあげればよかった」
ふとした瞬間に、そんな後悔が浮かぶことがある。
あの時の対応、 あの時の言葉、 あの時の自分の選択。
どうしてああしてしまったんだろう、と 時間が経ってから思い返す。
でも、それは 愛犬との縁があったからこそ生まれる感情だと思う。
関わっていなければ、 一緒に過ごしていなければ、 そんなふうに振り返ることすらない。
縁ってなんだろう。。。
よく「ご縁があって」と言うけれど、 それは特別な力や運命のようなものに聞こえるかもしれない。
でも実際は、もっとシンプルなものだと思う。
縁とは、 「出会い」「関わり」「続いた時間」「その時のタイミング」 この4つが重なってできるもの。
出会わなければ始まらないし、 関わらなければ深まらない。
一度きりでは残らないし、 タイミングが合わなければ、すれ違ってしまう。
そうやって積み重なったものが、 あとから振り返ったときに「縁だった」と呼ばれる。
愛犬との縁も、同じ。
たまたま出会って、 毎日「おはよう」と声をかけて、 当たり前のように撫でて、 何気ない時間を一緒に過ごしてきた。
特別な出来事じゃなくていい。
その繰り返しが、 気づけばかけがえのない関係になっていた。

そして、死別。
ここで「縁が切れた」と感じる人もいると思う。
でも私は、そうは思わない。
縁は「一緒にいられる時間」だけでできているわけじゃない。
過ごした時間、 感じたこと、 もらったもの。
それらは、形が変わるだけで、 なくなるわけではない。
触れることはできなくなっても、 その存在は自分の中に残り続ける。
だから、 愛犬との縁は終わるのではなく、
「形が変わった縁」になる。
そして、 あの時こうすればよかったという後悔もまた、
その縁の中で受け取ったものの一つだと思う。
楽しかった記憶だけじゃない。
うまくできなかったこと、 胸に引っかかる出来事、 思い出すと少し痛む感情。
それらすべてが、 その子と一緒に生きた証になる。
同じように思ったこと、ありませんか。
あの時の自分を責めたくなる気持ち。
でもその感情は、 ただの後悔では終わらない。
これから誰かと関わるとき、 これから何かを大切にするとき、
自分の選択や行動を、 少しだけ変えていく力になる。
だから私は、 その感情さえも
自分の人生を培っていくための贈り物だったと捉えている。
失ったのではなく、 形が変わっただけ。
縁は、 消えるものではなく、
形を変えながら、 これからも自分の中で続いていくものだから。


















