何年前だったのかもう忘れてしまったが、
知人が放った「死ぬことは悪いことじゃないよね」という言葉を
今でもときどきふと思い出す。
思い出すというより頭にこびりついているといった方がいいのかもしれない…
その言葉をはじめて聞いた時は、
少しだけ驚いて漠然と「そうだよな」と思った。
なぜ驚いたのかは、言わずもがなワタシは死を悪いものだと思っていたからで、
漠然と「そうだよな」と思ったのは生き物の本能からだったように思う。
ドーベルマンズとの死別から、ワタシはメンタルカウンセラーと悲嘆療法士の資格を取得したが、
その理由は2つ。
ドーベルマンズとの死別で自分に起こった深い悲しみと喪失感を
悲嘆心理学を学ぶことでしっかり理解したかったから。
もうひとつは、その知識が少しでもワタシと同じ状況になった人の
役に立てばいいなぁ~と思ったから。
(死への考え方が様々な分だけ悲嘆の様子も人それぞれなので
基本的療法しか出来ないけれどね)
今年の裏庭積雪 足あとはつかない
大切なものを失ったときの痛みは計り知れない。
でもそれは「死そのものが悪である」というより、
愛する存在と別れることの苦しみからくる感情であり、
もし死が悪そのものであるならば、この世に生を受けること自体が
罰であるかのような矛盾が生まれてしまうのだ。
さて、「死ぬことは悪いことではない」という言葉には、
私たちが日常的に抱く「死」への恐怖や否定的な感情に対する
挑戦的な視点が含まれていて、この考え方を深堀していくことで、
生と死の意味や、生と死のあいだに存在する生命の在り方について
考察する機会が生まれる。
ワタシの頭にこびりついて離れないこの言葉は、
なんでもないときにふと現れては自分自身と向き合う機会を提供してくれるようになった。
虹の橋を渡ったRちゃんとRちゃんママさんへ
ドーベルマンズの裏庭から見た虹
ある日私は、今まで見たこともない美しい虹を見ました。
その虹の向こう側には、青々とした草原が広がっていました。
そして、そこでは現世でトラブルを抱えていたあらゆる動物たちが元気に駆け回っていたのです。
それは驚くようなイメージでした。
私はとても疲れていて、自分の命のろうそくがもうすぐ消えていくことを知っていました。
あの虹の向こう。私たちの命が永遠を過ごすために、再びあの子たちと会うことの出来る場所。
私の疲れた体はそこで癒され、彼らと一緒に走りたい衝動に駆られましたが、私はあなたに手を差し伸べる必要がありました。
私は悲しんでいるあなたに、何かを残したいと思ったのです。
その場所の緑は輝いていて、夜でさえ明るい光に満ちていました。
よく見るとそれは、たくさんのろうそくの輝きでした。
明るくて、強くて、大胆な輝きでした。
やがて私は、あの場所に満ちているのは愛そのものの光だったことを知りました。
愛は、その金色に輝く温かな色合いで、私たちを抱きしめているのです。
私たちは以前と同じように一緒ではないかもしれませんが、まだ目には見えないコードで結ばれています。
だから、あなたがあの子を見つける必要があるときは名前を呼んでください。
私たちは決して遠く離れているわけではありません。
あなたが虹を超える日に、あなたの心に耳を傾けてください。
きっと再び出会えるでしょう。
Beyond The Rainbow cg-1995
裏庭から見た虹
※note記事のおまけはドベズの写真漫画
私は、あなたが私に嘘をついたことで動揺してはいない。
私は、今後あなたを信用出来ないということで動揺しているのだ。
現在もガソスタワンオペ中、最近は時々お客様から
「昨年からずっと一人で頑張ってるけど身体大丈夫?気を付けてね」と
優しいお言葉を頂くことが増えてきているのですが、、、
続きはコチラから