
「なんで人が変わっても、同じような嫌なことをされるんだろう?」
そんなことを考えていた時期があった。
職場でも。
友人関係でも。
家族との関係でも。
相手は違うのに、なぜか似たような理不尽な扱いを受ける。
最初は、
「嫌な人ばかりに当たる」
と思っていた。
でも、そう考えても何も変わらない。
また別の人が現れて、また似たようなことが起きる。
そんな日々が続いていた。
ある日、私は職場で理不尽なことを言われた。
腹が立った。
納得できなかった。
憤慨しながらゴミ袋の口を縛っていた。
その時だった。
突然、頭の中に雷が落ちたような感覚があった。

(゚Д゚)ハッ!!
「私か!」
「私がそうさせているのか!?」
もちろん、相手の言動が正しかったという意味ではない。
理不尽なものは理不尽だ。
けれど、その瞬間、今までの出来事が一本の線でつながった。
私はずっと、
「相手が悪い」
「嫌な人ばかりが周りにいる」
と思っていた。
でも違った。
もしかしたら私は、このパターンに慣れ親しみ過ぎていたのではないか。
本当は嫌だ。
すごく嫌だ。
腹も立つ。
傷つく。
それなのに、どこかで
「はいはい、いつも通りね」
「これが私の役回りだよね」
と受け入れていた。
もっと言えば、
「これが私の安心できる居場所」
にすらなっていたのではないか。
そう思った。
不思議な話だけれど、人は苦しいことにも慣れる。
そして慣れたものを無意識に繰り返そうとする。
だから私は、
嫌な扱いを受けるような空気を自分で作り、相手にもそれを許し、
結果として同じ現象を何度も繰り返していたのかもしれない。
その時、初めて思った。
「変わるべきは相手じゃない」
「私だ」
と。
もし私が何も変わらなければ、
10年経っても。
20年経っても。
相手が変わっても。
職場が変わっても。
同じ物語を繰り返すだけだ。
その気づきが、私にとっての転換点だった。
他人軸から自分軸へ。
相手を変えようとする人生から、
自分を見つめる人生へ。
私の内省は、あの日ゴミ袋の口を縛りながら始まったのである。