先日、「かわいそう」っていわれるのは違うというお話をしましたが、これはまだいい方。
そう思われた方もいるかもしれない。
障害者に対しての偏見では「かわいそう」って思ってもらえるならまだしも。
「がんばって健常者とあわせろ」と「迷惑」と思っている人がいます。
これが厄介。
幼稚園の時の養護担当の先生が、「がんばって健常者にあわせろ」タイプでした。
聴こえにくいので、みんなと同じようには出来ない時がある。だからフォローしてもらいたのに、フォローするべき先生が「がんばれば障害があったって、なんでもできるんです!」と言って、なかなか困りました。
結局、プールの補助に入ってもらったくらいでしょうか。
「普通の小学校に行きたいんだったら、がんばって、普通の子と同じようにするしかないんです。助けを求めたらだめなんです」って。
その頃はまだ普通の小学校に入れるかも決めてなかったのですが、うちの幼稚園に入るなら、普通小学校に行く気で来たんでしょう?そのおつもりなんでしょう?と脅迫的でした(-"-;A
あれは怖かった。
手助けをたくさんしてあげることもできるけど、それは普通小学校に行けないと思ってくださいね!って言われました。
その時はこの幼稚園に入園して良かったのか、悩んじゃいました。
がんばってがんばって、合わせろって、がんばっても聴こえないんですよって何度言っても、がんばれしか言われなかったんですよね。結局、養護の先生は一年で担当はずしてもらい、次男は担任のフォローだけで幼稚園年長をすごしましたが、いなくてもなんの問題もなかったので、早く決別すべきだったと思いました。
がんばったって、出来ないことがあるんだよ。聴こえないのに聴きなさいって無理なんだよ。という、シンプルなことが伝わらない。
本当に困った思い出です。
もっと、最悪なのが「迷惑」と思っている人たち。
実は、こう思っている人。親族にいます。
障害者に限ったことではなく、すぐ人を差別、比較します。
職業。貧困。片親。住んでいる地域。いろいろ差別しようと思えば出来ることを、あれこれと。
次男が小学校に入学するとき、「障害者が普通の学校に入学すると、他の子や先生の迷惑になる」と言われました。
いかに社会の、学校の中で障害者は迷惑なんだと、、、、
なにかあるごとに、いつでも聾学校に戻れるんだろう?って聞いてきます。
障害者は障害者を教える学校にいるべきなんだって。普通の学校に居ちゃいけないんだって。
よく、親族の助けを受けて生活している方を見ますが、うらやましいなあって思います。
うちはありえないから。
なかなか考え方って人は変えられないので、未来ある子どもたちは偏見を持たずにいてほしいですね!