次男ろう学校時代。
なぜか私の息子は手話クラスに入れられてしまいました。
幼稚部入学式にクラス発表を見て愕然とした私。
あのころは今と違て、元気いっぱいだったので、担任に思いっきり文句を言った覚えがあります。(-"-;A
うち以外はデフファミリー。人工内耳はうちの子だけ。
これで、やっていけるわけがない!
うちのろう学校は親同伴なので、ほとんど親子で教室ですごします。
三歳児に使えるくらいの手話しか知らなかった私は、親同士の会話に入って行けず、孤独な思いをしました。
ちょうど手話よりも口話にシフトしていった次男も同じでした。
一生懸命に手話を見るのですが、ところどころしか読み取れない。
でも、今の手話何?と言う勇気がなかった。
せっかく楽しそうに話しているのに、会話を止めてしまったら悪いかなあと思って。
ろう者同志の手話は早すぎてついて行けなかった。
ろう者が私に話しかけるときは、日本語対応手話でゆっくりとやってくれるのでわかりやすかったのですが、気を遣わせてるなあと思っていました。
情報も、事後報告が多く、「こうしようと決めたから、それでいいかな」と言われることが多く、目の前にいるのに会話に参加できていないさみしさもありました。
だんだん手話に慣れていっても、やっぱりろう者のようにはいかないので、早い手話はわからず。ただ、見ているだけのことが多かったです。
見間違い、手話間違いも多かったですし、笑われることも多々ありました。読み取りが本当に大変でした。
誰かと口話で話がしたいなあと思う時は、健聴のママたちのいる隣のクラスにお邪魔して世間話などさせてもらうこともありました。
そうすると、とても楽しくてすっきりしました。
ろうのママたちはとても良い人たちだったけれど、会話がスムーズにできない苦しさ。理解の難しさ、価値観の違いなどあり、いろんなことを学ばせてもらいました。
逆、難聴体験ですよね。
貴重な体験でした(‐^▽^‐)
たった一年だったけれどとても勉強になりました。
手話もだいぶ身に付きました。
違う言語を知るというのも楽しかったです。
ろう者という方々のことも良く知る機会になりました。
私はたった一年だったし、普通に会話がしたいな~と思えば隣のクラスにいけたけれど、次男はそうはいかない。
一生こういう思いを背負っていくのだろうなと思いました。
次男はある程度話せるようになってから、手話は使わなくなっていたので、手話で話をしなければならない時はとてもぎこちなくて、大変そうでした。
幼稚部ではスムーズな会話と言うものができない状況で、ことばの方が伸び悩んでいました。
頭の中、理解力はついたのに、それを上手く言葉で表現できない。
やっぱり言葉を交わす経験が足りてないと感じ、普通幼稚園に移りました。
手話も口話もできれば最高なんだろうけれど、当時の次男には合っていなかった。
ニーズのちがう子供を同時に教育することは相当たいへんなこと。
担任の先生はとても上手にうちの子と、他の子を見てくれていました。
それは本当にありがたかった。
それでも、子供同士の会話は難しく、ろう学校を去る決意をしました。
ろう学校、とてもいい経験でした。
いろんなことを知るいい経験でした。
通った一年間は後悔していないし、とても充実していました。
本当に楽しかった。
それでも、次男の可能性にかけてみたかった。
普通幼稚園に移ったことも、後悔していないし、良かったと思っています。
さて、この先どうなって行くのかなと思います。