永遠に 手をつないで -3ページ目

永遠に 手をつないで

私には20年以上も忘れられない人が居ました。
全ての出会いと再会といきさつと・・・
過去の記憶を綴ります

「今夜は泊まれるの?」



小料理屋を出て、しばらく手を繋いで歩いた。

横断歩道の赤信号で止まり、

おもむろにトシくんが口にした。


「今夜は泊まれるの?」


正直、考えていないわけでもなかったが、

そんなことを前以て確認するのは

格好悪くて出来なかったし、

どっちでもいいと思っていた。


「泊まれるよ」


「じゃあ、このままホテル帰るか」


「そうだね」


「あ、コンビニ寄ってく?」


「うん」


深夜の駅のエスカレーターには誰も居なくて、

私が上の段に立つとトシくんの肩にちょうど顎を乗せられる。

そのままふざけて顎を乗せていたら、

トシくんは振り向き、私にキスをした。


お互いに何も言わず、

エスカレーターをおりて、駅の構内を歩く。

当然のようにホテルの部屋までそのまま歩いた。


部屋に入ってすぐに自分で服を脱いだ。

トシくんは何も言わずに見ている。


「おばちゃんになったでしょ?」


「瑠美の裸を見るのは何年ぶりだろう・・おいで」


私達は裸で抱き合った。


涙が溢れた。



これは今だけなのだ。

今だけ、あの頃に戻ろう。



「泣くな。今は悲しくないだろう?」


「そうだね」



どうしてだろう・・


私達は裸で抱き合ってキスをするだけで、

セックスすることはなかった。


その時ですら、どうしてしないんだろう?とは思わなかった。


ただ、しなくて良かったと思う。

あの時、もしも繋がってしまったら、

私はトシくんから離れることが出来なくなったんじゃないだろうか・・

私がそうなるとわかっていたから、トシくんはしなかったのか?

それとも、トシくん自身が私と離れられなくなると思ったのだろうか?


そのままトシくんは眠った。

眠るトシくんを私は一晩中見ていた。


昔、私のものだったトシくんを思い出して、

目の前のトシくんは自分のものではないと自分に言い聞かせた。

翌日。

待ち合わせ時間に少し遅れてやって来たトシくんは

拍子抜けするほど、普通だった。


「おっ、久しぶり」


「うん」


そりゃあ、会うのは久しぶりだけど。ガーン


あの夜中の電話からまだ一ヶ月しか経っていないのに、

トシくんはもう何とも感じていないのだろうか?

急にまた、自分だけが苦しいのだという不安に苛まれる。

私は無理に笑顔を作って、皮肉に言った。


「元気だね」


「そうかー?普通だけど。あー腹減った。

俺、昼抜きだったんだよね・・」


そう言って彼は私の手を取って歩き出す。

あの頃と何も変わらない。

何年か後に東京で会った時にもこうして手を繋いだ。

不安が少し和らいだ・・・


「どこ行くか決めてるの?」


「んー適当で良いよね?何か食べたいのある?」


私は何かが食べたいとトシくんに言えたことがない。

”何でもいい”といつも思ってしまう。


「何でもいいよ。でもビールがあるところ」



小料理屋のカウンターに並んで、

ビールをぐいぐい呑む私に

「強くなったな~(笑)」と笑うトシくん。


この一ヶ月を泣いて暮らしていたとは思えないほど、

和やかな時間が過ぎる。


私の手を握って


「本当に好きだったんだよ」


と何度も言うトシくん。

きっと、酔ってる叫び


「あのさ、”だった”とか過去形で言わないでよ」


「ああ、うんうん。今も本当に好きだよ~」


絶対に酔ってる叫び


「じゃあさ、私に今、彼氏が出来たら嫉妬とかするわけ?」


「んー俺の知らないやつで、瑠美が幸せだったらそれは無いかな」


「じゃあ、知ってる人だったら嫉妬するの?」


「んー・・・ああ、俺さ・・あいつだけはダメ。すごく嫉妬する」


「あいつって?」


「○○(←かっちゃんの苗字)」


「えー?なんで?」


「んー別に。」


「何それ(笑)」





この時には、

まさか!!

この後かっちゃんと再会することになって、

しかも、こんなに大好きになって

付き合うことになるだなんて思ってもみなかった。

この時、私はかっちゃんの連絡先すら知らないでいたし、

再会するとは思ってもいなかったから。

トシくんはどうしてこの時、かっちゃんの名前をあげたのだろう・・

今でも謎だし、一生確認することもないだろうけど。

だんなさんのところへ行くことにしても、

過去を全て無くすことなんて出来ない。


実家に行けば、親友も近くに居る。

私は毎晩、親友と飲みに出かけた。

時にはヒデくんも合流したり。


結局、私の見る世界はそれまでと何も変わらないのだ。


実際、私自身でさえ何も変わってはいない。


ただ、あの頃のあの時の自分のウソが

あんな風にトシくんを苦しめたことを知っただけで、

あの別れは自分の失敗が招いたものだったのだと知っただけ。


1度の失恋を2度体験しているような気持ちだ。


あの頃の記憶が鮮明に蘇ってしまい、

心の中ではあの頃の自分に戻ってしまう。

今すぐに「あれは嘘なの」とトシくんにすがりつく夢を何度も見た。




あの頃、もっと素直でいられたなら、

あんなウソをつくこともなかっただろう。


私があんなウソをつくこともなければ、

今頃は一緒に居たに違いないと、今でも思う。



あの夜中の電話で、そんな話になる前にトシくんはこう言った。


「瑠美は俺の中では別枠なんだよ。

好きだとか恋人とかそういう枠にははめられないんだよね。

どんなに好きになった女でさえ、その別の枠には入らないの。

瑠美だけはどうしても別なんだよ。」


そんな風に感じてくれる人と一緒に居ないわけがなかった。

あのウソさえ無ければ。

それが私の心に刺さったまま、一生癒えることがない気がして、とても痛んだ。


トシくんに会う約束の日を翌日に控えて、

この痛みを隠すべきかを考えていた。


トシくんは出張で近くまでは来るが実家の町までは来られないと言う。

私の方から彼の泊まるホテルがあるところまで出向く予定。

待ち合わせ時間は17時。

オシャレをする気にもならないし、

まともな睡眠がほとんど取れなくなっていた私の肌の状態は最悪だった。

それを恥ずかしいとも思わない。

綺麗に見られたいとも思わない。

ただ、会えることが純粋に嬉しい。

海外に行くことを子供の学校に告げ、

会社を辞めたのは、あの夜中の電話から1週間後のこと。


トシくんにはメールでだんなさんの居るところに行くことにしたと告げた。


子供は転校を嫌がるかと思ったが、

それより家族が揃って暮らせることを喜んだ。


実家の両親はいつ会えるかわからなくなることを悲しみ、

子供の学校の休みに合わせて、しばらく実家に帰ることになり・・



明日から実家に帰るという日にトシくんから

やっと着信があった。


「もしもし、俺だけど・・」


「うん」


「大丈夫?」


「何が?」


「落ち着いた?」


「トシくんは?」


「うん、俺はさ・・男だからさ・・」


「私は女だからなに?」


「瑠美が落ち着くまで、俺は消えた方がいいと思ったんだよ」


そうかな?とは思っていた。

そういうのを優しいのだと思っていた時もあったけど・・


「今回はそれはやめた方が良かったと思うな。」


「そう?(笑)」


「だって、ひとりぼっちで泣いてたもん」


「うん・・」


「私、だんなさんのとこに引っ越すことにした」


「いつ?」


「来月。」


「そうか。」


「明日から実家に少しの間帰ることにしたし」


「俺、出張で明後日から帰るんだけど!!!」


「え・・・?」


「会える?」


「会いたいの?」


「会いたい」


「うん、会いたいね(笑)」


海外に引っ越す前にトシくんに会えるのは、

けじめを付ける為にも良いことに思えた。

2人共、そう思った。

親友の香奈もそんな私にかけられる言葉は一つしか持っていなかった。


「どうしようもないんだから」


その”どうしようもない”を受け入れることが簡単ではなく、

その時にはそれを受け入れるしかないのだとも思い付かなかったし、

かと言って、トシくんとやり直したいと思っているわけでもまったく無い。


ただ、自分の人生を振り返り、間違えたんだと思うことが辛くて辛くて、

これまでにこんなに長く泣き続けたことはないという程泣いた。


人間は泣きやむものだと思っていたのに、ふと気付くとまた涙が溢れてしまう。


トシくんと連絡が取れなくなったことも気になった。

辛いのは私だけなんだ・・


孤独


泣きながら、ふと子供のランドセルが目に入る。

(この子だけは間違いなんかじゃない)

それまでの人生を全て捨ててしまいたいと思っているのに、

子供だけは捨てられない。


だけど、子供だけ残して、後は全部捨ててしまおう。

友達もキャリアも何もかも捨てて、

だんなさんの居る国に行こう。


二度とトシくんにも会うことは無いだろう。

新しい土地で新しくやり直すんだ・・・

それは、昔、家を出て一人で暮らし始める時の気持ちに似ていた。

こうして、いつも私はトシくんの影があるところから逃げて生きるのだ。

別れたのは間違いだった。
2人でそう泣いた夜は朝になり、
子供を学校に送り出した私は、体調不良という理由で会社を休んだ。

朝から浴びるように酒を飲んだ。
子供が学校から帰っても部屋にこもって酒を飲んだ。
夜の子供の食事は出前をとる。

私は朝から何も食べることが出来ず、
アルコール摂取の為の吐き気で、飲んだ酒と胃液を吐き、
それでも飲んだ。
子供が寝ても、そのまま酒を飲み続け、
一睡もすることなく、朝が来た。

子供を学校に送り出し、会社を休み、
酒を飲み続けた。
その時、飲みながら考えていたことは
死ぬとか消えるとか・・そんなことばかり。
襲い掛かる苦しい吐き気を喜びにすら感じた。

ずっとずっと、間違えたまま人生を歩んで来てしまった。
この人生は全て誤りだったのか?

お互い家族がある。あの頃とは感情も違う。
その日、トシくんはこう言った。

「もう、どうしようもなくなってるんだから・・どうしようもないよ・・」

そして、トシくんは私からの電話に出なくなった。
メールの返信もなくなった。

たった2日前に一緒に泣いてくれた男が、
どうして今日もまた一緒に泣いてくれないのだろう?

酒を飲みながら、泣いて泣いて、何度も何度もメールを送った。
私の携帯が着信で光ることはなく、
昨日と同じ一日を過ごして、昨日と同じく何も食べられず、
昨日と同じく一睡も出来ないまま、また朝になった。
こうして、書く為に思い出すだけで、
胸が痛くなる。
昨日までのことが全て過去であるのと同様、
ずいぶん前のことなのだから、既に過去のこと。
人の脳は嫌な記憶を失くしていく機能があるときくが、
この時の事は鮮明に覚えている。
正確に言うと、この時の私の感情や状態を
私はまだ、鮮明に覚えている。



いつものように、トシくんと夜中の電話。

この日は少し、恋人モードの会話だった。

「本当に好きだった」

自分がどんなに相手を好きだったのかを言い合った。

ふいに、

「私なんて、トシくんの気持ちを確かめたくて
あんなウソまでついてさ~(笑)」

「・・・ウソって何が?」

「ああ、他の人とエッチしたってウソまでついて、
トシくんの気持ちを確かめたんだよ~」

「・・・・・・・」

「もしもし?」

「ウソだったの?」

「うん、もう昔のことなんだから、ウソも時効でしょ?
許してよ」

「いや、そうじゃなくて・・ウソだったってことは
本当はしてないってこと?」

「うん、してないよ。トシくんともしなかったのに、
そんな簡単には出来ないでしょ」

「・・・・・・・」

「ごめんごめん。怒らないでよ~」

「いや・・・」

「?」

「じゃあ、なんで俺ら別れたの?」

「トシくんが私を好きじゃなくなったからじゃん」

「あれは好きじゃなくなったんじゃなくて、
好き過ぎて苦しくなったから、逃げたんだよ」

「?」

「好きだから許したかったし、許したつもりで、
瑠美と居たいと思ってたのに、どんどん苦しくなって、
許しきれない自分も嫌になって、逃げたんだよ」

「なんで?私のこと、好きじゃなくなってたから
電話もくれなくなってたんじゃないの?
だから、確かめようと思って言ったんだよ」

「大好きだったよ」

泣いた。

2人とも泣いた。
本当にどうにもできなくなってから、
突然、別れの真相を知ってしまっても
本当にどうにもできないのだ。
その夜は泣くしかなかった。

しばらく、平穏な日々が続いた。

しかし、突然、旦那さんの海外への転勤が決定した。

私は仕事を辞めたくないと思っていたし、急に決まった転勤で

家族で移り住む覚悟はなかったから、

旦那さんは単身赴任することになり、

私は急に心が自由になった。


子供を置いて出かけることは出来ないから、

身体的には不自由だったが、

旦那さんの望むような妻や母で居なくても良いのだという解放感は

私の心を自由にした。


朝、子供を学校に送り出し、

会社に行き、仕事をして買い物をして帰る。

夕食を作って子供と食べて、お風呂に入る。

そして、、、寝る。

それだけを毎日毎日繰り返しながら、

私の唯一の楽しみは、たまのトシくんとの夜中の電話。

トシくんは仕事上、夜中になると自由になる。


それまでは昼間、少ししか電話出来なかったのが、

夜中はどちらかが「もう眠い」と言うまで長く話せた。


長く話す内容は現在の事や子供の事、共通の友達の事、

それから、昔の話。

付き合っていた頃の思い出話。


「□□で△△をよく食べたね」

とか

「スピードくじで5000円当たったね」

とか

「あの時の浴衣、良かったよね」

とか。


そんな他愛のない話が私の唯一の楽しみで、

人生を諦めている私の唯一の救いの時間だった。



そんな夜中の電話が

その後の私の人生を大きく変えるとは思ってもいなかった。

それ以来、トシくんとは頻繁に電話をするようになった。


自分も恋をしていたからだろうか。

主婦になっている私が恋愛から遠ざかっていなかったことが

面白かったのかもしれない。


そして、そのタイミングで私の東京への出張が決まった。

前にトシくんに東京で会ってから、10年が過ぎていた。


「また、東京に出張するよ。会えそう?」


「おお、大丈夫。何時になるかわかんないからホテルまで迎えに行くよ」


そして、当日。

一緒に出張していた同僚も東京に居る友達に会いに行くとかで、

幸い、その夜は一人だった。

部屋でまだかまだかと待っていると、携帯電話が鳴る。


「あ、俺だけど。もうすぐ着くからホテルの車寄せまで出て来て!」


「車なの?」


「そう、一旦帰る時間なかったから。」


「わかった」


車寄せでトシくんを待つ間、彼がどんな車に乗っているのか想像も出来ず、

ただ、ドキドキした。


昔、付き合っていた頃、彼はまだ運転免許を持っていなかった。

家族もあるのに、持っていて当然の車や免許にも少し驚いた。

「瑠美!」

昔に思いを馳せていたら、いつのまにか目の前に黒い車が止まっていた。

助手席の窓が開いて、運転席からトシくんが顔をのぞかせる。

ドアを開けて、乗り込む時にも、何故か少し緊張した。


しばらくドライブをしながら、

トシくんは「綺麗になったな」を連発した。

私は少しも綺麗になんてなっていなかったし、

少し太って、出っ張ったお腹を力を入れて引っ込めていたくらいだったのに。


「ねえ、車ってことは飲めないのよね?」


「ああ、でも俺は飲まなくてもいいよ。

どうせ瑠美と飲んでも、おまえがすぐに酔っぱらうから俺は酔えないし(笑)」


そうだった。

昔、付き合っていた頃はよく、酔っぱらった私をおぶって帰る羽目になっていた。


「大丈夫よ。昔よりは飲めるようになったし!」


駐車場に車を置いて、しばらく歩いて居酒屋に入る。

10年前のように手を繋ぐこともなく、

2人共、友達オーラ全開で過ごした。


友達でもトシくんと話すのはやっぱり楽しい。

帰り、ホテルまで送ってくれたトシくんが部屋まで来ることはなかったし、

私も誘うことは出来なかった。


”友達”


こんな風に何年かに一度会って飲むだけの関係も良いかもしれない。

こんな風に一生、いつでも会おうと思えば会えるとか、話そうと思えば話せるとか

それは友達でしかありえない。


”友達”って良い関係。

金子さんとはわざわざ別れる必要もない。


どうせ、金子さんからの連絡は無いに等しい。

こちらから連絡をしなければ良いだけだ。

私は毎日のように朝から晩まで送りまくっていたメールを

一切しなくなった。


会社で顔を合わせた時はそれまで通りに対応した。


10日が経った頃、

「会いたい」とメールが来た時にはビックリした。


恋愛の駆け引きに”押してダメなら引いてみな”とは

よく聞く話だが、


こちらが好きで好きでたまらないと思っている時に、

これを実践しようと思っても難しい。


今、メールをしたら返事が来るかもしれない!と

つい思ってしまう。

一日だけでもメールを送るのをやめようと思ったけど、

なかなか出来なかった。


結果的には出来なくて正解だっただろう。

金子さんの中でいい女であり続けるわけにはいかなかったから。


金子さんを好きだったのではなくて、

求められる喜びに溺れて、それに依存してしまっていただけだ。


トシくんとの会話で、

おそらく金子さんは私を好きだろうということと

私が欲しいのは金子さんが私を好きだという自信だけで、

金子さんを好きなのではなくて、依存してしまっているだけ。


そう気付いたおかげで、

金子さんからの

「会いたい」

に反応しないでいられたのだから、

やっぱり”押しすぎて”良かった。


深く反省していたし、元の生活に戻ろうと思った。