徒然なるままに -27ページ目

東京、川崎で感染確認 同じ学校の女子生徒 - 産経新聞

ヤフーニュースより。
東京、川崎で感染確認 同じ学校の女子生徒 - 産経新聞
<新型インフル>首都圏で確認…深夜、問い合わせ殺到 - 毎日新聞

いずれも川崎市高津区の私立洗足学園(武蔵溝ノ口駅近郊/JR南武線、東急田園都市線)に通う生徒とのこと。

帰国後に高校には登校していないということだけれど、成田空港から自宅に帰るときに、電車などの公共交通機関を利用したとのことなので、そちら経由でのさらなる感染の可能性があるのかもしれない。

さすがに他人事ではいられないよなぁ……。

東京で初の新型インフル感染確認、八王子の女子高校生

【映画】個人的な備忘録(9)

以下は、あくまで個人的な備忘録であり、
それ以上でも以下でもありません。
甘口なのか辛口なのかどうなのか。


■8月のクリスマス
ジャンル:邦画/恋愛映画
ストーリー:★
キャラクター:★★
意外性:★
癒し:★★
音楽:★
総合:★
備考:
普通で平凡な話。
地方都市の風景に、昔を懐かしく思った。


■アメリカン・スウィートハート
ジャンル:洋画ラブコメ
ストーリー:★
キャラクター:★★
意外性:★
癒し:★★
音楽:★★
総合:★
備考:
BSフジ。
基本的に女性向け。作品の脚色は、ある種、男性を馬鹿にしている印象。
中年の男がアレを犬に喰われたりとか、センズリだとか。男がこの作品を見たら吐き気を感じるかも。
ジュリア・ロバーツ、キャサリン・ゼタ・ジョーンズが綺麗。
作中では「新しい」と言っていたけれども、この作品からはなにか古いタイプのラブコメを感じた。こんなものなのだろうか?
中野アナのフリップの書き方が大好きです♪


■レオン
ジャンル:洋画アクション/ドラマ
ストーリー:★★★★
キャラクター:★★★★★
意外性:★★★★
癒し:★★★★★
音楽:★★★★
総合:★★★★★
備考:
殺し屋の男と12歳の少女の物語。
12歳の少女が煙草を吸うなど反社会的な匂いを感じる。
しかし、少女を物語に密接に絡ませることにより、物語に不思議な深みを与えている印象。
基本的にはシリアスな流れだが、二人の、まるで漫才のようなコミカルなやりとりなど、コメディ的な要素も含む。そして、若干エロい。


例えば、作品の半分に差し掛かった頃のシーンで、(以下作中より引用)

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マチルダはベッドに仰向けに倒れ込み、「レオン、あんたに恋しちゃったみたい」と言い放つ。
レオンは飲んでいた牛乳を噴き出す。
マチルダは情熱的に、あるいは扇情的に「こんな気持ちはじめて」
レオンはあくまで冷静に「はじめてなのになんで恋だって分かるんだ」
マチルダ「だって感じるの」
レオン「どこで?」
マチルダ「このへんで」
マチルダは自分のお腹のあたり(子宮のあたり)を撫でるように触る。
マチルダ「ぽわぁっとしてる。前はこのへんが痞(つか)えてたの。でももう、消えたわ」
レオン「そりゃあ良かった。腹痛(はらいた)が無事に治まって」
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こういう台詞を普通の大人の女性が話しても何の面白みも無いベタな内容だけれど、12歳の少女が扇情的に語り、お腹を撫でるように触る、というのがとってもエロい。
対するレオンは、それを「腹痛」と言い放つのがまた面白い。

レオンの「どこで?」というセリフに関しては、どうみても、次のセリフを引き出すために“言わせてる”感じがするけれど(苦笑)

でも、今の時代に日本でこれをやったら、例のジュニアアイドル(着エロ)撮影に対する非難と同じような感じで非難されるかもしれない。

映画という作品のなかで、反社会的な内容をどこまで表現して良いのかは、難しいバランスを求められるものなのかもしれない。
だからといって、全く冒険せずにベタな映画が量産されるのも非常につまらないので、時には、「どこまで観客に受け入れられるのか?」を追求するようなタイプの、問題作を観たいと私は思う。
もちろん、現実で反社会的なことをしちゃあ駄目だけどね(苦笑)

脳死と移殖の問題について

フジテレビの「サキヨミLIVE」で、思わず泣いてしまいそうになった。
脳死と移殖の問題について、いろいろと考えさせられた。


長期脳死。脳が死んでも心臓は動き続け、体も成長し続けるということは、果たして幸せなことなのか、あるいは残酷なことなのか。


身内に小さな子供がいる人は誰もがそう思うのではないかと思うけれど、(そう思っていて欲しい)
小児脳死の子供を持つ家族、移殖を待ち望む家族、双方の家族の気持ちを考えると、心がとても痛くなる。

特に、長期脳死の子供を、テレビで、実際に、見てしまったら、
長期脳死の子供を持つ家族を、実際に、見てしまったら、
心が、とても痛い。


Wikipediaで調べてみると、2007年にアメリカで、脳死判定された患者が意識を回復した事例があるらしい。
脳死 - Wikipedia


これからも、心臓が動き続けるかもしれない子供を。
また、非常に稀なケースであるとはいえ、脳死判定された患者が意識を回復した事例があるのに。
脳が死んでいるからという理由だけで、移殖のために臓器を摘出するというのは、言いようによっては、極端な言い方かもしれないけれど、命を奪い取る、ともとられかねない気もする。


長期脳死の子供を持つ家族を取り巻く環境について。
例の改正法案のA案では、家族の同意がなければ脳死した子供の臓器を提供しなくても良いとのことだけれど、番組中でも同様の発言があったけれど、
例えば、
「なぜ移殖しないんだ」
「お前の子供は死んだも同然じゃないか」
といったような冷酷なバッシングやプレッシャーを浴びせられることも十分考えられると思う。
脳死を法的に人の死として一律に認めてしまうと、そうしたバッシングやプレッシャーに対して論理的な根拠を与えてしまうことにもなりかねない。

もちろん、移殖を待ち望む家族や子供のことを考えると、法案の改正が望まれることは確かだと思うし、私も法案はA案で改正すべきだとは思うけれど、脳死した子供を抱える家族に対して、臓器を提供したか、提供しないかに関わらず、適切にフォローをする仕組みが不可欠なのだと思う。

■外部リンク
脳死 - Wikipedia
臓器の移植に関する法律 - Wikipedia

ダウンタウン・松本人志さんが結婚

今回の民主党代表戦は

予想通りのオチだった。
もっといろいろと盛り上げれば面白かっただろうのに。
自民党の小泉旋風のときのように、国民を巻き込むような流れを作れば、そのまま政権交代だ、という大きな流れを作ることにも成功したかもしれないのに、民主党はその手の戦略があまり上手くないのだろうか。なんだかとても予定調和な光景。


「情報7daysニュースキャスター」に出ていた、例のそっくりさんが面白かった(笑)


鳩山さんは北海道選出の代議士で、私も地元が北海道なので、全く鳩山さんを応援しない、という訳でもないけれど。

今は、イメージ先行で、鳩山さんに対して悪い意見も言われることが多いとは思うけれど、今後、どのような仕事をしていくのか、によって、その真価が問われることになるのだと思う。

少なくとも、代表を辞めたはずの小沢さんが意気しゃあしゃあと、いろいろなことをやりだすと、多くの国民が抱いている小沢アレルギーが、民主党そのものへのアレルギーとなり、ひいては民主党に対する不信感がさらに増すことになる可能性もあるので、そういったことはしない方が良いのではないか、と私としては思うところだけれど。

今後の民主党が、国民の声をどの程度取り入れていくのか、国民の批判にきちんと耳を傾ける政党であるのかどうか。そういったところが今後問われるのだろう。

個人的備忘録

個人的備忘録

ヤフーニュースより。
マック、給付金で8000円お得な商品券

1万2000円で、総額約2万円相当のマクドナルド商品と引き換えられる商品券を15日から全国の店舗で発売。
マクドナルドは毎日のように引き篭もりに利用するので、内容によっては買いたいかも♪

草彅剛さん、28日から活動再開

民主党の岡田さん

夜の報道番組に、民主党の岡田さんが立て続けに出演していて、見ていたのだけれど。
なんとなく、弱気に見えたのが気になった。
言葉を冷静に選んでいる、ということなのかもしれないけれど、少なくともカリスマ的な強さを持った人ではない、ということだろう。

小沢さんがあまりにブラックのイメージが強いだけに、クリーンなイメージのある岡田さんや前原さんなどが望まれるところだけれど、テレビ出演している岡田さんからは、なにか表には出せない何かに縛られているのか、どうも弱いイメージを感じたのだ。
反小沢を全面に出せないような何かが、民主党内にある、ということだろうか。

国民というのは、イメージで判断するところが非常に大きい。

自民党で森首相が選ばれたときも、密室で決めたと揶揄されたけれども。
今回もそれと似たような感じで、あらかじめ勝者が決められたなかでの代表戦のようにも感じる。(それじゃあ自民党といったい何が違うというのだろう?)

国民のために政治があると私は思うのだが、民主党の人は、
国民の意思よりも、自分達(民主党)が決めたルールに従うので、開かれた代表戦は必要ない、という考えなのだろうか。

あらかじめ勝者が決められたなかでの代表戦というのは、言葉は悪いが八百長のようにも感じる。
対抗勢力もなく代表戦で代表が選ばれるとメディアからああだこうだ言われるので、とりあえず対抗勢力を立てておいて、複数の候補を立候補させることによって、党内に自律的な浄化作用があることを装っているかのような。

そのような選挙戦では、むしろマイナスイメージがさらに強まってしまうことになる可能性すらあるのではないか。

・国民に対して、為すべき政策を分かりやすく伝えること。
・国民に対して誠実であること。

こうしたことがとても大切なことなのではないかと私は思う。
当たり前のことだと思うのに、それができていない政治家がいるというのが、私にはとても信じられないのだ。
例えば、バラマキをすれば国民が喜ぶ、というのはある意味において確かなことなのだけれど、だからといって「バラマキさえすれば国民は釣られるのだ」的な、まるで国民を馬鹿にしたかのような態度は、目に余るものがあるように思う。
国民側にしても、お金が貰えるからと喜ぶのではなく、他人に安易に釣られない姿勢というのも大切なことなのではないか。

馬の目の前にニンジンが釣られているのを見る分には「コイツ馬鹿だなー」と思っていても、自分が釣られていることにはなかなか気がつかないものだったりする。

見た目やイメージに釣られて失敗する、といったことがよくあるように思う。

例えるならば、
カタログショッピング(=テレビ討論やマニフェストなど)で「カッコイイ服だなー」と思って買って(=選んで)みたは良いけれど、結局自分には合わなくて、金(=税金)を無駄遣いしただけで終わった、のようなことが、起こりうるのではないか、と。

そういった、一種の誤魔化し、まやかしによって誤った判断をしないためには、何が本当に正しいことなのかを国民一人一人が冷静に考える必要があるのではないだろうか。