(出身校の話で、不快に思われる方もあるだろうことを予めお断りします)
静岡高校(以下、静高)では、校歌を1番しか歌わない。同様の習慣を持つ伝統校が他にもあると聞くが実数についてはわからない。静高では1番の歌詞を二回繰り返して歌うのが”校歌斉唱”である。現在YouTubeにアップされているものも、この習慣を踏襲したものだ。
静中静高校歌
在学中、父兄にOBを持つ同級生から「2番があるが、軍国主義的だということで歌われなくなったらしい」と聞かされて衝撃を受けた。その話もたった一度聞いたきりで、2番で終わりなのか、何番まであるのか、どういう歌詞なのか、そもそも本当の話なのか。生徒手帳にも1番があるだけで「載せられている以上のものはない」という風だった。
校歌が4番まであったこと、実際の歌詞がどのようなものであったかを知ったのは、卒業から遥か後、インターネットの百科事典 wikipedia に掲載されてからである。
この”隠された歌”が明るみに出たとたん、どういう時代背景のもとに作詞されたものであるかと同時に、戦後、誰がこれを隠滅しようとしたかーそれも国家的な規模でーが、一瞬でわかってしまった。伝統校には在籍してみるものである。
白日のもとに晒された校歌は、明らかに1、3番と2、4番とでは作りが違う。問題とされたのが2、4番であったことは誰の説明も要らないほど明瞭だ。
二、 至誠を色に 表はせる 唐紅の 旗幟(はたじるし)
義勇奉公 四つの文字 掲げて共に 進むべし
四、 御國の柱 礎と なりし祖先(みおや)の 後継ぎて
大現神(おおあきつかみ) 天皇(すめらぎ)の 御稜威(みいつ)を四方(よも)に 輝かせ
勘の良い人は、すでにお気づきだと思うが、これは教育勅語のキモである
「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン」
を、詩情豊かに言い換えたものだ。
戦後、日本から教育勅語の影響を排除し、日本を弱体化させたいという強い意図を感じるではないか。
調べてみたところ、大正時代に作られた校歌には、旧制中学だけでなく、日本全国の小学校から大学に至るまで、すでに廃校になった学校のものも含め、「至誠」を含める歌詞が散見される。そのうちの幾つかは文字通り静中静高校歌の中に歌われているように、唐紅(からくれない)か、それに近い色で至誠を表現し、実際に同系色の校旗に「義勇奉公」や「至誠」の文字が刺繍で縫い付けられていた。
静高の校旗は唐紅色(ほぼ橙色)であり、阪神甲子園球場では他の過去の出場校の校旗と並んで、この色の校旗が今でも飾られているはずである。2番の歌詞を知ることがなければ、こうした歴史は知りえなかった。
4番を以て、時代錯誤を言い立て「歌うべきでない」という者があるのであれば、以下について何と返答するか。
「静岡高校は19、20、21世紀の3世紀にまたがり明治初期より140年近い伝統を誇る」と吹聴しながら、大東亜戦争からそれ以前の数十年の歴史と、またその時代を生きた先輩方に対して、その辺りは「なかったことにしよう」などと言えるだろうか?
wikipedia には二人の軍人の名がある。一人は、失敗した作戦の多かった大東亜戦争において完璧な成功を収めたキスカ島撤退作戦の指揮官木村昌福海軍中将。静岡のテレビ局では8月に終戦特集で三船敏郎主演の『キスカ』が放送されるだろうからここでは多くを語らない。
もう一人は、戦勝国のアメリカが唯一成功した日本のコマンド作戦と評する義烈空挺隊の語り部となった、田中賢一さんである。
義烈空挺隊 前編(Columns paratroops righteousness)
義烈空挺隊 後編(Testimony from Lieutenant Laiyang)
戦後70年目の今年、沖縄で「我々は本土に見捨てられた」と言い募り、抗日活動に勤しむ勉強不足の左翼が、沖縄のために本土から特攻していった人たちと、彼らが成した歴史の事実に想いを向けることはない。
二人は生還したが、静中に学び、静中校歌を歌い、この国を護り、亡くなった名もない人たちはどれほどだっただろう。彼らは同窓ではないのだろうか。4番を歌う度、静中にこうした時代があったこと、時代の文脈の中で精一杯生き抜いた先輩たちを、繰り返し思い出すべきではないだろうか。それなくして、いったい何が伝統校なのか。
在校生諸君、君たちは明日、もし87年ぶりに野球部が選抜ベスト4を決め、本当に87年ぶりだという自覚があるのであれば、87年前に歌われていたその通りに完全な校歌をアルプススタンドで歌い上げるべきである。でなければ87年ぶりでもなんでもない、過去と切り離した新しい歴史を勝手に作るだけのことだ。
歴史を紡ぐということ、伝統の校歌を歌うということ、そのことの意味を機会を逃さず考えてもらいたい。
2025年3月31日 追記
奇しくも、田中賢一さんが静高の校歌について同じ論調で、すでにお書きになられていたことを、静中静高関東同窓会の紙面に見つけました。ご覧ください。
静中・静高関東同窓会 41号 6ページ。