2、同時に二館開設したケース(長崎・福岡)
長崎と福岡はほぼ同時に開設された。沖縄/新潟のケースが以前と違うのは、オルタナティヴであったことである。中国にしてみればどちらが取れても戦略上大きな成果だった。
沖縄と比較し、新潟の方が危なくないと思う人がいるかもしれない。
そうだろうか?新潟に小学校一つ分の広さの“中国領”が出現したりすれば、砦もなかった日本海側に、侵略の前進基地が築かれたことになる。
防衛白書などで見る、東京を上、中国大陸を下、間に日本海を挟む、いわゆる地政学的な地図で新潟を眺めると、この地の重要性が見えてくる。東京が非常に近い。新潟市の万代小学校跡地を出発し、ゆっくり歩いて東京駅に立つまで2時間半とかからない。日本海から入国する場合、今でさえ、新潟は東京への絶好の中継地になっている。北朝鮮から租借した羅津港の対岸であるという指摘は、すでに多くの人たちによってなされ、警鐘が鳴らされている。
こうした現実を直視したとき、誰が、新潟総領事館が橋頭堡ではないなどと言えよう。新潟は沖縄のたんなる代替などではない。中国にしてみれば戦略上、どうしても押さえておかなければならない地を、早く押さえられる方から押さえたにすぎない。「抱き合わせ」とは、こういうことである。
沖縄に中国人が多い以上、そして実際の支配を狙っている以上、中国は沖縄設置を諦めてはいないだろう。次の抱き合わせ提案は、沖縄と広島、かもしれない。あるいは「沖縄と仙台と広島、三つ設置しよう」と言ってくるかもしれない。外務省がどこかの土地を嫌がっても、別のどこかに領事館は設置されてしまうだろう。
「仙台で反対運動が功を奏した、しかし広島に建った」では意味がない。根本的な策を講じなければ、これから保守は、年がら年中、日本中を飛び回り、モグラたたきをやり続けなければならなくなる。
もし次の総領事館を阻止できないそのときは、「この次の総領事館からは止めることができる」などと、根拠のない幻想を抱かないでもらいたいものだ。それは止められない。
なにが問題なのか?
突き詰めれば、これは政府の経済、外交政策の問題である。
日中間に限らず二国間交流が密になれば、これに比例して領事業務は増えてしまう。関係が深まり日本企業の中国進出が進めば、中国国内にさらに開設しなければ領事業務が回らならなくなり、それに引き換えて、在日本中国領事館を迫られるという循環を自ら作り出してきた。
政府は国家安全保障を度外視した経済、外交政策を改めない限り、「一県、1中国総領事館」という事態さえ現実のものとなりかねない。事、国防動員法発動に至れば、各地の総領事館が地域の軍司令部となる。今、地方は次々と、人民解放軍のトロイの木馬を自らの城内に招き入れようとしている。
軍事的な意味での有事とならない場合でも、外参権、自治基本条例などの一見、民主主義を装った地球市民的な政策が徐々に浸透すれば、やがて中国総領事館が県庁や政令市の市役所の役割を果たし始め、気がつけば、日本という国はなくなっていた、ということになるだろう。現代のトロイの木馬は決して軍事力を発揮することで侵略するとは限らない。
中国総領事館の設置を根本的に阻止するためには、思い切った政策の大転換、日中間の経済縮小政策に舵を切らなければならない。中国を当てこんだ金儲けをやめ、中国人留学生優遇政策をやめ、経済援助、技術援助を打ち切ることである。これは日本政府にとって、日本人にとって大きな挑戦となるが、政権交代の暁には必ず盛り込ませなければならない政策だ。
経済交流を進めた結果、台湾がどのように侵略とアイデンティティーの危機を招くに至ったか、よく見るべき時だ。今日の台湾の姿は、明日の日本の姿なのである。