組織変革成功講座

前回のブログでは、

「研修で垣間見える会社の性格」と題して、

良い組織風土とはどういう風土か、

逆に悪い組織風土とはどういう風土か、

 

また、

 

良い組織風土を醸成するにはどうしたらいいか、

そんなお話をお伝えしました。

 

 

ただ、少しお伝えしきれなかったことが

あるかなぁと感じております。

 

実は、前回のブログを配信した後、

ある読者の方から、

以下のようなメールをいただきました。

 

 

「良い風土とは何か、言語化してもらえて、

ありがたかったです。

 

ただ、組織としては、

良い風土をつくるだけではなく、

やはり成果を出す必要もあると思います。

 

成果を求めれば、どうしても雰囲気が

ギスギスしてしまう気がします。

 

 

良い風土と高い成果は

両立させられるのでしょうか?

 

 

 

確かに、そのように感じる方も

いらっしゃるでしょう。

 

ただ、私としては、こう考えています。

 

両立させられるのか、というよりも、

本来、良い組織風土があるからこそ、

高い成果を出せるようになるし、

高い成果が出せると、更に組織風土が良くなる

と。

 

 

なぜなら、良い組織風土の中では、

お互いに知恵を安心してぶつけ合えます。

 

自分とは異なる意見が出ても、

相手を否定することなく、

共通の目的を達成するための違った視点での

アイデア・意見として受け止めることができます。

 

そこから様々なより良いアイデアが生み出され、

より良い方策が考えられます。

 

だからこそ、高い成果につながっていくわけです。

 

そして、そうした高い成果が出せた方が、

やはり仕事は楽しくなります。

 

なぜなら、多くの人にとって、

仕事に楽しさを感じるのは、

『自分(たち)の考えたことを

具現化して、それで他者から感謝され、

成果を実感できたとき』

だからです。

 

成果を出せていない組織は、

なかなか明るい雰囲気にはなりにくいものです。

 

ちなみに、前回のブログでは、

良い組織風土を次のように定義しました。

 

「他者を尊重し、

人を喜ばせることが働くことの目的として共有され、

その目的を高いレベルで実現するためには

安心して意見をぶつけ合い、自発的に行動する。

 

他の人の努力を無駄にしないためにも、

自分の持てる力を出していこう、

しっかりと努力していこうという気持ちで

仕事に向き合えている。

 

経験から学んで成長できていることを称え合い、

人を幸せにできていることに自らの幸せを感じ、

この組織で働けていることに誇りを感じている風土」

 

要素をまとめると、

・互いの尊重

・目的の共有

・意見や異論の歓迎

・挑戦と学習・成長に対する称賛(PDCAの実践)

・組織の一員でいることの誇りの実感

 

この定義から言っても、良い組織風土とは、

単に人間関係が良く、みんなが仲良く働いている

というものではありません。

 

働くことの目的が共有され、

その共通の目的を達成するために

言うべきことは言う。

 

現状よりも高い成果を出すために、

お互いに知恵を出し合う。

 

失敗をしたら振り返り、そこから学び、

次の行動を変える。

 

良い組織風土とは、成果に対しても、成長に対しても、

前向きであり貪欲な風土なのです。

 

こう考えた場合、

もう一つ定義しておきたい組織風土があります。

 

「ぬるい組織風土」です。

 

良い組織風土と、ぬるい組織風土は違います。

 

「ぬるい組織風土」とは、どんな風土か?

次のような風土ではないでしょうか?

 

「人間関係を優先するあまり、

成果やルールに対する厳しさがない。

 

問題や改善点があっても、

人間関係が悪くなることを恐れて、

お互いに指摘しあわない。

 

失敗やミスをしても、

『まぁ、こんなこともあるよ』

『次から気をつければいいよ』

で終わってしまう。

 

目標が達成できなくても、

責任が問われることもない。

やるべきことをやっていなくても、

特に追及されることもない。

 

人としても、組織としても

学習や成長が起こりにくい。

 

人によっては、ものすごく居心地がいい。

 

しかし、挑戦が生まれにくい。

当然、組織としての成果も上がりにくい」

 

こんなのが「ぬるい組織」ではないかと

考えております。

 

メンバー同士の仲はいい。

しかし、それは、良い組織風土とは違うと思います。

 

成果に対しても、成長に対しても、

貪欲とは言えないですから。

 

 

 

悪い組織風土との違いは、
成果に対する意識の違いでしょうか。

 

ぬるい組織風土は、成果に対して厳しさがない。

 

一方、悪い組織風土は、
「何をやってでもいいから成果を出せ」
となります。

 

 

 

では、こうした組織風土の違いは

どのようなときに顕著に表れるのか?

  

私は、業務上のミスや失敗が起きたとき、

目標を達成できなかったとき等に、

その違いが表れやすいと思っています。

 

通常時ではなく非常時ですね。

 

人間も非常時にその人の本性が

表れやすいものです。組織も一緒。

 

 

良い組織風土

ぬるい組織風土

それと、悪い組織風土

の3つのパターンで考えてみましょう。

 

 

まず、悪い組織風土の組織では、

ミスや失敗が起きるとどうなるか?

 

「今回の失敗は、自分のせいではない」

「〇〇さんが確認しなかったからだ」

「そもそも、あの部署から必要な情報が

 来なかったからだ」

 

と、自分以外の誰かに

責任を押しつけようとする。

 

なぜなら、自分に非があると認めれば、

叱責され、責任を追及され、

場合によっては評価や処遇にも影響するからです。

 

※悪い組織の定義は、前回号を参照ください。

 ⇒「研修で垣間見える会社の性格」

 

上司も、失敗やミスの原因を、

部下の怠慢や注意不足に求めます。

 

そして、「誰が悪いのか」を徹底的に追及する。

 

更に、誰かを責めるだけで、

同じ失敗を繰り返さないための再発防止策が

考えられるわけではありません。

 

その結果、同じような失敗が繰り返される。

 

また、失敗やミスを隠すようになります。

 

正直に報告すれば、責任を追及されて、

痛い目に遭いますから。

 

目標を達成できなかった場合も同じでしょう。

 

「景気が悪かったから」、

「お客様の都合が合わなかったから」、

「他部署が協力してくれなかったから」

 と自分は悪くないと他責で考え、

次の行動を変えることなく終わります。

 

一方、ぬるい組織風土ではどうでしょう。

 

誰かがミスをした、失敗をした。

目標を達成できなかった。

 

そんなとき、こうなります。

「まぁ、こういうミスもあるよ」

「誰だって失敗することはあるから」

「今回は仕方なかったよ。次、頑張ろう」

と、お互いに慰め合って終わり。

 

失敗・ミスの原因を考えることで

人間関係がこじれるのを恐れて、

なぜ失敗したのか、

どのプロセスに問題があったのか、

次から何を変えるのか、

ということまで踏み込まない。

 

そのため、ミスや失敗を

教訓にしようという意識も生まれません。

 

また、成果を出しても、出さなくても、

努力しても、しなくても、評価に大きな違いはない。

 

これでは、成果を出した人、努力をした人ほど、

むなしさを感じるようになります。

 

やってもやらなくても評価が同じなら、

やがて誰も努力しなくなるでしょう。

 

努力や成果をしっかり評価されたい人は、

ぬるい組織から抜けていくはずです。

 

では、良い組織風土の組織ではどうなるでしょうか。

 

良い組織風土の組織では、ミスや失敗が起きたときに、

「誰が悪いのか」ではなく、

「何がネックになって、このミスが起きたのか」

「他の人でも同じようなミスが起こる可能性はある。

どのような仕組みにすれば、同じミスを防げるのか」

を考えます。

 

誰かを責めることは、目的ではありません。

 

ミスや失敗を教訓にして、二度と同じ失敗を

繰り返さないようにする。

 

当事者の注意力や意識だけに

原因を求めるのではなく、

仕事の進め方、確認の方法、情報共有の仕組み、

役割分担、ルールや手順、

といったルールや仕組みを変えることで

再発を防ぐように努めます。

 

組織全体で、再発防止のためのプロセス改善に

取り組むのです。

 

このような問題解決ができるからこそ、

上司もミスや失敗の報告を受けたときに、

部下を叱責するのではなく、

 

「報告してくれて、ありがとう」

と、まず伝えることができるようになります。

 

ミスを歓迎しているわけではありません。

 

報告によって問題を早期に発見でき、

組織として改善する機会を

得られたことに感謝するのです。

 

だからこそ、メンバーはミスを隠さず

報告できるようになります。

 

そして、組織として

同じ失敗を繰り返さないように学べる。

 

この積み重ねが、高い成果に

つながっていくのだろうと思います。

 

念を押しますが、良い組織風土とは、

誰に対しても優しく、何をしても許される、

そんな風土ではありません。

 

人には優しく、仕事と成果には厳しい。

 

相手を尊重するからこそ

言うべきことが言える。

 

失敗した人を責めるのではなく、

失敗を繰り返さないための改善を徹底する。

 

良い組織風土とぬるい組織風土は

イコールではありません。

 

 

あなたの組織は、どのような風土でしょうか。

 

きっと良い風土だと思います。

 

ただ、良い風土だと感じていながら、

知らないうちに、ぬるい風土になっている、

なんてこともありますので、

その点は注意が必要です。

 

 

組織風土の違いが表れるのは、

ミスや失敗が起きたときだけではありません。

 

先述の通り、通常時ではなく非常時に表れやすい。

 

会議で意見が対立したとき、

 

このままでは目標達成が危うくなったとき、

 

部門を越えて協力しなければ、

問題を解決できなくなったとき、等々

 

このような非常時にどのような言動を取るのか。

 

そこに、その組織の風土が

表れるのだと思います。

 

こう考えると、良い組織風土を醸成するうえで
重要になるのは、
組織のリーダーが非常時に対応できる力、
問題解決へ導く力なのだと思います。

 

なぜ、良い組織風土を醸成するうえで、

リーダーの問題解決力が必要なのか、

このあたり、また改めて、

私の考えをお伝えしたいと思います。

2026年W杯。



惜しくも決勝トーナメント1回戦で

ブラジルに敗退。



今回の日本代表の戦いぶりを見て、

「日本、強くなったなぁ」

と感じられた方も多かったのではないでしょうか。



間違いなく日本サッカーのレベルは

上がっていますよね。



日本サッカーの目標が「W杯優勝」と言っても、

今では全く恥ずかしくないですから。

世界のサッカー界から見ても・・・。



以前、本田圭佑選手が「優勝」と口にしたときは、

ビッグマウスだの、現実を見ていないだの、

いろいろと揶揄されていたことを

思うと本当に隔世の感があります。



本気で優勝を目指せるところまで、

日本代表は成長してきました。



今回は、そんな日本代表を約8年間率いてきた

森保監督を取り上げて、

マネジメントについて学んでみたいと思います。



「企業経営・部門経営にも通じるなぁ」と

感じたことを二つご紹介します。



一つ目は、「権限委譲」について。



今回の日本代表には、

7人の専属コーチが配置されていました。



攻撃の名波コーチ、中村俊輔コーチ。

守備の長谷部誠コーチ。

セットプレー担当の前田コーチ

等々。



サッカージャーナリストの小澤一郎氏によると、

「これだけ細かく役割分担された

コーチングスタッフは、海外でも珍しい」

とのことです。



なぜ、森保監督はこのような

コーチによる分業体制を敷いたのか、

細かく役割を任せたのか。



監督という仕事は、

視察、分析、練習メニューの立案、練習指導、

ミーティング・・・と本当にやることが

たくさんある。



森保監督は、

「自分自身が全てやっていると

全てが薄くなってしまう」と

考えたそうです。



そこで、コーチ陣に権限を委譲し、

自分は監督として大局的な視点での

意思決定を行うようにした。



全体の方向性は監督が決める。



その方向性に沿って、専門コーチが練習内容や

ミーティングを考え、選手たちに落とし込んでいく。



これにより監督が一人でやっていたら、

薄い内容になっていた一つ一つのことが

濃い内容になっていったわけです。

 

森保監督自身がこう語っています。

 

 

「監督が一人でやるより、

間違いなくすべての質が高くなり、

選手も思い切ってプレーできるようになった」

 

しかし、組織において

権限を委譲すればうまくいくかといえば、

決してそうではありません。

 

権限委譲するときのポイントは何か。

 

森保監督が意識していたのは、

「委譲した分だけ、

コーチ陣と徹底的に議論すること」

だったそうです。

 

ここがポイントなのでしょう。

 

企業でも同じですよね。

社長や部長が全部自分で考え、

全部チェックし、全部修正し、

全部指示を出していたら、

間違いなく、全部が薄くなってしまいます。

 

それに何より社長や管理職がやらなければ

ならない大局的な視点での仕事をする時間が

無くなってしまいます。

 

でも実際には、権限委譲をしようとしても、

 

「任せたら自分の思いと

違う方向へいってしまうのではないか」

 

「好き勝手やられてしまったら面倒だ」

 

「結局、自分でやった方が早い」

 

「そもそも仕事を任せたら、

 自分のやることが無くなってしまう」

 

そんな恐怖心が湧いてくるのではないでしょうか。

 

こうした恐怖心に打ち勝ち、

権限を委譲し、組織力を高めるには

どうしたらいいか。

 

大きくは2つあると考えています。

 

一つは森保監督も言っている通り、

委譲した先の人と意識や方向性を合わせるための

コミュニケーションをしっかり取れる

仕組みを作ることですね。

 

もう一つは、

組織の長として自分自身の役割と責任を

明確に自覚することです。

 

森保監督の場合でいえば、

監督の責任は勝つことです。

それが全て。

 

企業のトップで言えば、

望ましい成果を出し続け、

社員とその家族を、お客様を、取引先を、

地域社会をより幸せにしていくことです。

 

そのためにはどうしたらいいかを考える。

そこに多くの時間を使う必要があります。

 

時折、末端社員の育成までやらないと

気が済まないような経営者の方って

いらっしゃるんですが、

やはりそれでは本来の責任を

果たしにくくなってしまうはずです。

 

時間は限られていますから。

 

ちなみに先述の小澤一郎氏は、

こんなことも言っています。

「専属コーチを据えることで、

次の代表監督候補層にも

厚みをもたらしたのではないか・・・」

 

権限委譲が自身の後継者を

育成することにもなりますね。

 

とはいえ、こんなことを考える経営者・管理者の方も

いらっしゃるのではないでしょうか?

 

「そりゃ、日本代表のようにコーチに

任命できる人材が豊富にいればいいよ。

 

うちなんか権限委譲したくても、

権限委譲できる人がいないんだから

なんともならないよ」と。

 

そうした場合は、

権限委譲を図っていくための具体的な行動計画を

立てることが求められるでしょう。

 

自分の仕事を棚卸し、

どのような業務(責任)を、

誰に、いつまでに委譲するか、

その責任を全うするために必要な能力は何か?

その能力をどのように高めていくのか・・・

 

少なくとも、こうした権限委譲計画を

策定されるといいでしょう。

 

 

森保監督に学ぶマネジメント術の二つ目は、

「人への気遣い」です。

 

今回のW杯アジア最終予選の際、

試合後、ベンチ入りメンバーから外れた選手の

ホテルの部屋を、森保監督自ら

一人ひとり訪ねていたそうです。

 

権限委譲しているとはいえ、大事なところ、

あまりやりたくない役回りのところは

しっかりと引き受けているのでしょう。

 

なにより選手一人ひとりを

大事にしているのが分かります。

 

だからこそ選手も、

「この人のため、このチームのために頑張ろう」

貢献意欲を高められるのではないかと思いますし、

チームの団結を促せていると思います。

 

人は、論理だけでは動きません。

頭で分かっても、心が動かされなければ

人は動かない。

 

論理的であり、かつ情緒的。

 

その両方が備わってこそ

リーダーシップが発揮されるのだと思います。

 

では、どうすれば、森保監督のような

気遣いができるのでしょう。

 

実際に森保監督がどのように考えて、

このような気遣いができているのかは分かりません。

 

ですので、あくまでも私の一見解として

受け取っていただきたいと思います。

 

リーダーが人への気遣い力を高めるには、

メンバー一人ひとりを

単なる戦力・駒として見るのではなく、

感情を持った一人の人間として見ること

だと思っています。

 

そして、常に感謝を忘れないこと。

 

人が感謝の対象としないようなことまで、

意識して感謝することで、

感謝の言葉を伝えるのが癖になる

ぐらいだといいですね。

 

オランダ戦後の記者会見で、

森保監督はこんなことを話されていました。

 

『オランダの方々に感謝を申し上げたい。

私自身、ハンス・オフトさんという

オランダ人のコーチに育てていただいた。

 

ビム・ヤンセンさんは亡くなられて、

去年お参りさせていただいた。

 

たくさんの指導者、選手が

日本のために貢献してくれた。

感謝申し上げたい』

 

 

権限を委譲する。

しかし、任せっぱなしにはしない。

 

相手を理解し、対話を重ね、

感謝を忘れない。

 

強いチームは、優れたマネジメントによって

作られるのだということを改めて感じます。

 

せっかくのW杯での日本の健闘です。

 

こうした素晴らしいマネージャーの見本が

日本の代表監督として存在することに感謝し、

そこから学んで、実践していけたらと思います。

先日、とある企業さん(建設業)で、

全社員を対象とした研修を行いました。

 

 

そこでちょっと考えさせられることが

ありまして・・・

 

 

今回のブログではそのことについて

お話をしたいと思います。

 

 

全社員研修、総勢52名。

 

 

新入社員から経営トップまでが

参加しての研修で、

この企業さんにとっては、

1年に1回の一大イベントでした。

 

 

ちなみに、この企業さんとは

昨年ご縁をいただきまして、

今年は2回目の全社員研修になります。

 

 

テーマは、

「仕事に戦略的思考を取り入れる」で、

昨年の研修の続編的な位置づけ。

 

 

今回の研修、従来の研修とは少々

趣を異にした進め方でした。

 

どう異なっていたかと言いますと・・・

 

研修の場で全社員が自分のスマホなり

タブレット、PCを取り出し、

生成AIをフルに活用して、

自社の事業戦略を社員自身で策定してみよう、

という進め方でした。

 

 

今までの研修では、

自力で考えてもらっていたことを

生成AIを使って答えを出していく、

そんなコンセプト

 

で、そんな研修で、私が感じたことを

お伝えしたいのですが、

その前に、戦略的思考とはどのような思考なのか、

についてお伝えしておきたいと思います。

 

その方が、私が感じたことを

お伝えしやすくなると思うので。

 

研修の中で私が伝えたのは、

以下の通り。

 

『戦略とは、読んで字のごとく、

「戦いを略すること」。

 

言い換えると「絞ること」。

「絞る」すなわち「捨てること」。

 

例えば、経営戦略で言えば、

誰を喜ばせるかを絞る。

 

そのうえで、その人をどんなことで

喜ばせるのかを絞る。

 

ただ、絞るときには、

自分勝手に絞ればいいということではなく、

自社の強みが最も活かせる人は誰で、

強みが最も活かせる喜ばせ方は何か、を考える。

 

更に、世の中の環境変化は

どうなっているのかを考えて、

誰を、どのように喜ばせるかを絞る』。

 

研修の場では、

こんな感じでお伝えしていました。

 

そのうえで、今回の研修では、

5~6人のグループに分かれて、

事業戦略として、新市場開拓戦略を

考えてもらいました。

 

自分たちが既に持っているサービスを

まだ顧客になっていない市場に

提供できるようにする「新市場開拓戦略」。

 

そして、その際に生成AIを

バリバリ活用していただいたわけです。

 

総じて若手社員のほうが

日ごろから使っているようで、

年配社員をリードしていた感はありましたが、

決して、年配社員が全く生成AIに拒否反応を

示していたわけではありません。

 

楽しんで活用されている様子が伝わってきました。

 

生成AIに自社のホームページや

社内報などを学習させたうえで、

 

「うちの強みにはどんなことがある?」

 

「この市場に参入する場合、

 どんな環境変化を考慮すべき?」

 

「機会と脅威には何がある?」

等々、生成AIに聞いていく。

 

ちなみに「自社の強み」に関していうと、

これはもう仕方ないことですが、

生成AIを使う前に、自分たちで挙げた強みよりも、

より多くの強みを生成AIが挙げてくれるわけです。

 

社員さんにとっては、

「なるほどなぁ、

こういうのもうちの強みなのかぁ」と

自分たちが気づいていないような強みも

挙げてくれるわけです。

 

研修の企画側からすると、

今回、生成AIを使うことの一つの狙いが

この辺りにありました。

 

「自分たちの強みに

もっと気付いてほしい」という、 

その狙い通りになったわけです。

 

で、そんな生成AIに頼りつつも自分たちで

アウトプットした事業戦略、

どんな結果になったかというと・・・

 

わずか3時間ほどで、

『経営戦略、初めて考えました』

という社員さんたちが、 

それなりの事業戦略を

アウトプットできたのです。

 

もちろん、

「こりゃ、すごいなぁ。こんなことが実現できたら、

考えただけでなんかワクワクしてきますね!」って

レベルではありませんでした。

 

が、それでも、生成AIを使うことで、

それなりの戦略をアウトプットすることが

できたのは事実。

 

で、このアウトプットを見ていて感じたのは・・・

 

こりゃ、戦略コンサルタントとか

いらなくなるんじゃないか・・・」

ということと・・・

 

同時に、

『生成AIを使えば、

それなりの事業戦略はできる。

しかし、そのレベル感を高めるためには、

生成AIを使えればいいというわけではない。

 

高いレベルのアウトプットを出そうとしたら、

その分野において(今回で言えば、経営戦略の策定)、

それなりの知識が必要だろう』

ということ。

 

今回、社員さんたちが

それなりの戦略を構築できたのは、

 

生成AIを使って答えを出していくための

戦略策定フレームを、

私の方から示していたからだと思います。

 

戦略策定フレームを知らずに、

「とにかく新市場に進出したいんで、

そのための事業戦略を考えて!」では、

実情に沿った事業戦略は

アウトプットできなかったはずです。

 

その戦略策定フレームを使ったからこそ、

生成AIに対しても、適切な質問ができ、

それなりのアウトプットを出せたのだと思います。

 

更にレベルの高いアウトプットを

生成AIに出させようとしたら、

もっと経営戦略に関する知識を持っている

必要があるのだろうと思います。

 

生成AIが普通に使われる時代になっても、

知識が不要になるわけではありません。

 

むしろ、知識がある人ほど

生成AIをうまく使いこなせる。

 

そんな時代になったのだと思います。

 

今回の研修の最後には、会社の戦略ではなく、

自分自身の戦略も考えていただきました。

 

自分の強みは何か、

最も喜ばせたい人・組織は誰か、

その人は何を期待しているのか、

その期待にどう応えるのか、

そのために、何を学び、何を身につけるのか。

 

あれもこれもではなく、「これ!」に絞る。

 

個人戦略も生成AIに頼りつつ、

作成いただきました。

 

生成AIが普通に業務に使われる時代です。

 

そんな時代で、大切なのは、

生成AIから良い答えを引き出すための

知識や崇高な考え方を持つこと

なのではないかと思います。

 

 

そんなことを、今回の研修を通じて

 

改めて感じた次第です。

「なぜ、新入社員はできるのに、

課長さんや部長さんだとできないのだろう」と

思うことがあります。

 

決して、課長さんや部長さんを

揶揄するということではありませんが、

そう思うことがあるのです。

 

 

先日、とある企業さんで、

新入社員向けに「問題解決研修」を行いました。

 

その研修で、午前中の講義が終わり、

午後、再開されたとき、

新入社員の受講者の方にこう問いかけました。

 

『午前中の振り返りをしておきましょう。

午前中には、問題解決のステップとして、

まずStep1、問題の明確化ということを

お伝えしました。

 

問題を明確にするうえで、

すべきことはどんなことでしたでしょう?

 

どなたかに聞いてみましょう。

 

○○さん、いかがですか?

問題を明確にするには、何をしなければ

いけなかったですか?』

と。

 

すると、しっかりとこちらが期待する

内容の答えが返ってくる。

 

『ありがとうございます。

バッチリです!

しっかり答えていただき、嬉しいです。

 

では、次に△△さん、Step2の現状把握は、

具体的には何をすることでしたっけ?』

 

と聞いても、やはりこちらが求める答えが

しっかりと返ってくる。

 

この会社さんでは、新入社員向けのこの

問題解決研修は3年目になるのですが、

毎年こんな感じで、こちらの伝えたことを

ちゃんと理解してくれているのが分かります。

 

この問題解決研修、この企業さん以外で

課長さんや部長さんクラスにも

行うことがあります。

 

というか、むしろ新入社員に問題解決研修を

行う企業の方が稀ですね。)

 

 

で、同じように聞くわけです。

 

「○○さん(部長)、問題の明確化とは、

何を、どうすることでしたでしょうか?」

 

「現状把握とは、

何をすることでしたでしょうか?」

と。

 

すると、こちらが伝えたことが

返ってこない。

 

私としては、こんな反応になるのです。

 

「えぇ~っと、問題の明確化は、

確かにそういうことでもあるのですが、

今回お伝えしたのは、そうではなく、

あるべき姿と現状とそのギャップを

客観的事実として数値で

表すということなんです」

 

「う~~ん、現状把握は・・・

一般的に言えば、それでいいんですが、

今回お伝えしている問題解決手法では、

こう理解しておいてください」

となります。

 

まだ仕事もまともにしていない新入社員は

問題解決手法に関してちゃんと答えられる。

 

しかし、課長さんや部長さんだと

それが答えられない・・・

 

 

もちろん、全員が全員とも

答えられないということではありませんが、

新入社員と比較すると、

その傾向があるように感じています。

 

 

 

なぜでしょう?

 

 

これ、恐らくですが、

 

問題解決の進め方で言えば、

課長さん、部長さんクラスなら

自己流の問題解決手法が確立されているから

ではないかと思うのです。

 

自己流の問題解決手法が

身についている。

 

だから、研修で

「問題解決において現状把握としては、

こんなことをすることです」と伝えても、

自分なりの現状把握の手法が出来上がっているので、

どうしても他の手法でのイメージが

湧きにくくなるのではないか・・・。

 

その点、新入社員はまっさらな状態です。

 

「問題解決はこうやってやるんですよ」

と伝えれば、その通りに受け取る。

 

これ、問題解決の手法に限らず、

他のことでもあり得ますよね。

 

自分なりの概念が確立していると、

他のことを受け入れにくくなるというのは。

 

 

なお、誤解のないようにお伝えすると、

課長さんや部長さんの方が

問題解決能力が低い

ということでは決してありません。

 

 

間違いなく、新入社員よりも

 

高い問題解決力を有しています。

 

 

課長さん、部長さんであれば、

間違いなく様々な問題・課題に直面し、

それをクリアしてこられた人たちでしょうから。

 

 

ただ、

数多くの問題を解決してきたからこそ、

自分なりのやり方が確立されていて、

他の手法が入ってこない。

 

基本的に「問題解決」は、

特にその手法を学ばなくても、

できるといえば、できてしまいます。

 

では、自己流の問題解決の何が

問題なのでしょう。

 

「自己流でも何でも

問題解決ができればいいじゃないか」

と思われるかもしれません。

 

しかし、自己流の問題解決だと

組織において非効率になってしまうのです。

 

それぞれが自己流の問題解決を

行っていると、どうしても、

話が通じにくくなってしまう。

 

「まず、現状を把握しよう」

といっても、人によって、

「現状把握」の意味が違っていたり、

やり方が違っていたり・・・

 

これが、自己流の問題解決が

身につく前の新入社員のときから学び、

組織内で共有されているとしたら・・・

 

例えば、部門間をまたいだ問題解決の

会議を行っていたとしても、

問題解決の流れが共有でき、

何をどう進めるかも共有できていれば・・・

 

そりゃあ、話が素早く進むだろうと

想像は難くないと思います。

 

「本当に解決すべき問題は、そこだろうか?

本当に解決すべき問題を共有しよう」

 

「まず、現状把握として、

層別分解をして、攻め所を明確にしよう」

 

「我々としてあるべき姿を明確にして、

問題を共有しよう」

 

本当に解決すべき問題、

現状把握、層別分解、攻め所、

あるべき姿、問題を共有・・・

 

こんな言葉が共通言語になっていたら、

いちいち説明しなくて済みますし、

話は早いですよね。

 

 

そんな会社があるのか?

 

私の知る限り、

これができているのが、

トヨタ自動車なのです。

 

弊社のクライアント企業さんで、

トヨタ自動車さんから役員として

入られている方がいらっしゃいますが、

先日、こんなことをおっしゃっていました。

 

「トヨタに新入社員で入ってから、

教育を受けたのは、問題解決手法だけですね。

他に記憶ないです」

 

というぐらい徹底的に社員が、

問題解決手法を学び、共通言語にしている。

 

トヨタが、特別すごい問題解決手法を

使っているのかと言われたら、

そうではないと思います。

 

基本的な考え方そのものは、

特別難しいものではありません。

 

トヨタの強さの源泉は、

それを愚直に社員に浸透させて、

問題解決の進め方が

社員の共通言語になっていること

なのではないかと思うのです。

 

「現状把握しよう」で通じる、

 

「問題を明確にしよう」で通じる、

 

「真因を考えよう」で通じる。

 

いちいち定義の確認をしなくて済む。

 

新入社員のようにまっさらな状態で、

問題解決手法を学ぶ。

 

そして、それを徹底的に仕事を通じながら、

浸透させていき、組織の共通言語にする。

 

それにより組織の成果をより効率的に

出せるようにする。

 

そんなことも考えていただけると

いいかなと思います。

 

「問題解決の進め方」に興味のある方は、

ぜひ、こちらにご連絡ください。

 

御社に合った導入方法をご提案いたします。

 

お問い合わせはこちらから

 

追伸:

最近、時価総額で、トヨタ自動車が

22年ぶりに1位の座をソフトバンクに奪われ、

キオクシアにも抜かれ、

なんだかちょっと寂しかったりもしてます・・・。

 

株価もなんだか下降気味・・・

 

利益も中東情勢の影響を受けて厳しい見通し・・・

(中東情勢の悪化により、

トヨタ自動車の2027年3月期の営業利益は

約6700億円押し下げられる見通し)

 

でも、きっと、この組織力があれば、

こうした状況も打破して、

新たな未来を見せてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ほとんどの企業に

「経営理念」と呼ばれるものが

存在します。

 

なぜ、この経営理念が

作られているのでしょう?

そもそも、なんのために作るのでしょう?

なぜ、必要なのでしょう?

 

今回は、そんなことについて

考えてみたいと思います。

 

その前に、経営理念と似た用語に

企業理念があります。

 

その定義を明確にして

違いをはっきりさせておきたいと思います。

 

実務的には経営理念、企業理念は、

ほとんど同じ意味で用いられることが

多いとは思います。

 

が、今回のメルマガでは、

以下のように定義して話を

進めさせていただきます。

 

これは一般的な定義ではないかもしれません。

 

恐らく私の個人的な定義です。

 

ただ、このように定義した方が

それぞれの違いを明確にでき、

経営理念の意義や目的を

より明確にできると考えています。

 

経営理念:

経営者が企業の経営を行ううえでの哲学、信念。

経営をするうえで何を大切にするか

を表したもの。

 

企業理念:

会社としての社会における存在意義、

社会においてどんな存在で

あらなければいけないのか表したもの。

 

 

経営理念は、経営者が、

「この企業を経営するうえで、

経営者である自分は、絶対にこれを守る!

これを自分に課す!」

という宣言のようなものです。

 

 

なので経営理念は、

社員に求めるもの、強いるものではないと

考えています。

 

例えば、この定義で言えば、

「社員を幸せにする」とか

「全社員の物心両面の幸福を追求する」

というのは、

経営理念としてはありですが、

企業理念としてはそぐわないと

いうことになります。

 

会社そのものの存在意義というより、

経営理念は、

経営者自身の覚悟や信念なわけですから。

 

で、この経営理念が、なぜ必要なのかです。

 

結論からお伝えすると・・・

 

「人間は、放っておくと

エゴに、欲に、人間としての本能に

負けてしまう。

それらに負けそうになったとき、

自分を戒め、軌道修正するため」

 

だと考えています。

 

 

 

人間、平常時はまだしも、

ちょっと緊急事態や異常事態に陥ると、

エゴに、欲に、人間としての本能に

負けてしまいそうになります。

 

いや、緊急時、異常時だけでなく

平常時でも基本、エゴや欲、本能に

支配されやすい。

 

そのエゴ、欲、本能に負けてしまうと

マネジメントはなかなか

うまくいかなくなると思うのです。

 

基本的にマネジメントは

人間の本能やエゴ、欲に反したことを

行うとうまくいきやすいと考えています。

 

例えば、

人には、変わりたくない、変えたくない、

という本能があります。

が、マネジメント(企業経営、部門経営含め)では、

その本能に抗い、変化を恐れず

チャレンジする方がうまくいきやすい。

 

短期的な目の前の利益を求めたいという

本能・欲に抗い、長期的な利益を求めるほうが、

マネジメントはうまくいきやすい、

 

人の話を聞くより自分の話をしたい、

自分の気持ちを分かってもらいたいと

いう本能に抗い、

人の話を聞き、相手の気持ちを汲む方が

マネジメントはうまくいきやすい、

 

挙げればきりがありません。

 

そもそも、もし人間が持っている本能のまま

エゴ・欲のままに企業経営をやったら

うまくいくであれば、

誰が社長をやってもうまくいきますからね。

 

企業経営で成果を出すには、

人間の本能や自分のエゴ・欲に抗う

必要があるのです。

 

ただ、人は弱い。

 

放っておくとどうしても本能のまま、

欲のまま、エゴのままの行動を取ってしまう。

 

だからこそ、経営者にとって、

本能や欲、エゴにまみれそうに

なったとき、経営理念を見て、

自身の軌道修正を図るためにも

「経営理念」は必要なのではないかと思うのです。

 

経営者はリーダーですから、

誰からも「社長、欲にまみれてます」とか、

「それは社長のエゴです」とか、

注意してくれる人が少ないですからね。

 

本来なら取締役会がその機能を

 

果たすべきだとは思いますが・・・。

 

 

 

今週、とあるクライアント企業さんに

お伺いした際、そこの社長さんと

経営理念について話す機会がありました。

 

「なぜ、そもそも経営理念って

必要なんですかねぇ」

 

「なぜ、御社の経営理念の一つに

“誠実”があるんでしょうか」

と。

 

その会社の経営理念は「誠実」であり、

それが壁に掲げられています。

 

人間、放っておくと、

本能としては自分を優先させたい

というエゴが湧き上がってしまい、

お客様や社会や社員に

誠実でいられなくなる。

 

お客様や社会に対して不誠実な行いをしてでも、

自社を守りたい、自分を守りたいと・・・

 

この企業の経営理念を考えた先代の経営者の方は、

こうした人間の弱さを分かっているからこそ、

“誠実”を経営理念として掲げられたのではないか、

 

そんな話を現社長と話してました。

 

 

そこで思い出したのが、

京セラの稲盛和夫氏の言葉。

 

2007年5月に東京証券取引所が主催した講演会で

以下のように語っていました。

(日経トップリーダー2026年3月号より)

 

『創業時の経営者は謙虚さを持ち、

努力家でもあると思うのです。

従業員の雇用を守っていかなければならないという

使命と責任感で、自分自身が先頭を走り、

会社を一生懸命に盛り立ててきた。

 

その結果、会社は立派になり

利益が上がります。

 

京セラも創業から10年ほど経ったころには、

数十億円の利益が上げられるようになりました。

 

このとき、私の年俸は300万円でした。

そこで私はふと思ってしまったのです。

 

「すべては私が持っていた技術だ。

そして私は寝るのも惜しんで一生懸命に頑張り、

数十億円の利益を会社にもたらしている。

 

考えてみれば、どう見ても割が合わない。

月給を1000万円もらっても年間1億2000万円だ。

数十億円の利益は全部私が作ったものだから、

そのくらいもらっても

バチは当たらんのではなかろうか」

 

そんな不遜な思いが頭を巡りました。

従業員や株主のために必死に働いていたのに、

余裕が出てくると人間が変わっていく。

われわれ人間が持っているエゴが

増大してくためです。』

 

あの稲盛和夫氏でも

人間のエゴや欲に

負けそうになったことがあるのです。

 

基本的に経営者は人一倍欲が強い人たちでは

あると思います。

 

だからこそ起業し、

経営を行えているわけですから。

 

だからこそ、人一倍強い欲やエゴに

負けないようにするために、

日々自分を戒める必要がある。

 

そのために経営理念を

描いておくのが必要なのではないでしょうか。

 

稲盛氏が京セラフィロソフィーとして、

「社員の物心両面の幸せを追求する」と

挙げているのは、

放っておくと人間の本能、エゴ、欲に負けて、

社員の幸せよりも自分の幸せ、

社員の幸せよりも売上や利益、

となっていくことが分かっていたから

なのかもしれません。

 

それでいうと企業の不祥事は、

だいたいこの人間のエゴ、欲、本能に

負けた結果です。

 

特に社員の幸せよりも

「うちの会社の利益、自分の利益」と

なってしまった結果かと・・・

 

 

だからこそ経営理念とは、

社員に掲げるためのものというより、

経営者自身が、日々自分に

言い聞かせるためのものなのだと思います。