勝手な考察をする場所 -9ページ目

「作者の言いたいこと」を解いてみる

僕が数学を好きな理由のひとつに


曖昧さがない


という点が上げられます。

これは数学が、ある定義をして、その性質について考える学問だからだと思います。


例えば、根本に「」という定義があります。


「数」というものは、言うまでも無く1や2などのことです。

またそれらは、時には実数や整数、自然数、虚数、有理数、無理数などと呼ばれることもあります。

この呼び方も定義です。


また、数学の問題の中には仮定が含まれています。


これは問題によって定義されたもののことです。


 y=xとするx=2のときのyの値を答えよ


この中にはいくつかの定義があります。

左から順に行くと、


・yは変数である

・=は右と左の値が等しいことを表す

・xは変数である

・2は数値である


さらに


・y=x yとxは等しい

・x=2 xと2は等しい


も定義です。


そして、yの値を答えろとあるので数値を答えます。

y=x=2なのでy=2ですね。


ここでは、AとB、BとCがそれぞれ等しいときには、AとCも等しいという性質を利用したわけです。



では、国語の場合はどうでしょうか?


Aさんが書いた文章(以後本文)があります。

そこには何かしらの意見が書かれている様です。

そこで問題。


作者の言いたいことを答えなさい


文字や熟語、文法などは定義されたものなので、解釈は一定ですね。

この文字列をありのままに解釈するのは可能ですね。

作者の言いたいことを答えなさい、と解釈できます。


作者は提示されているので

Aさんの言いたいことを答えなさい、と解釈できます。


さらに、問題とされている文も提示されているので

本文中でAさんが言いたいことを答えなさい、と解釈できます。


次に必要なものは、言いたいこととは何か?ということです。

これが曖昧さを呼んでいると思います。


この場合一般的な解釈としては、言いたいこと=表題や結論、とするのが妥当だと思われます。

本文中に私はこれが言いたいんですみたいな文がある場合は問題ありません。

作者の言いたいことは定義されたので、それを答えればいいのです。


しかし、はっきりと書かれていない場合はどうしたらいいのでしょうか?

この場合は、あなたが本文中でAさんが言いたいことだと思うものを答えなさいと解釈せざるを得ません。

これでは、なんと答えても正解になってしまいますよね。


文章をありのままに読むことは可能です。


古池や蛙飛び込む水の音 と書かれていれば

古い池に蛙が飛び込む音がしたのか と思うことはできるのです。


しかし、その奥にある真意を読み取ることは不可能です。

必ず読者の想像がかかわってしまいます。


風流を歌ったのか、騒音に文句を言ったのか

良いと思っているのか、悪いと思っているのか

事実を言っているのか、そうではないのか


どれを選ぶのも読者の自由です。

それを強要する今の国語の教育には戸惑いを感じます。

国語というものは、本来そういった想像力を養うためにあると僕は思うのです。


つまり、正しいかも分からないような答えを強要するのはおかしいと言いたいわけです。


あなたは作者に直接聞いたのですかと問いたいですね。



しかし、こうも考えられます。


一般的な解釈方法を学んでいる


つまり、こういう文章ではこういうことが言いたいんだということを自分の中に定義しているのです。


これでは公式が正しいのかもわからずに使っているのと同じです。


それで結局試されるのは記憶力のみ


こんな国語のドコが楽しいのか僕にはわからない。


数学嫌いな人多いけど、難しいからなのかな?

楽しさで言えば、圧倒的に上回ってると思うんだけどなぁ・・・。



でもまぁ文系の人は

こんなことを無駄に考える理系の人間より

楽しい人生を送れてるのかなぁ

な~んて思ったりもします。


実際どうなんだろ、興味深いな・・・。

循環小数0.999…とは?

今日数学の授業中に先生がこんなことを話しました。



0.999…をこえない最大の整数は0か1か



0.999…は1より小さいので答えは0


0.999…=Xとすると

  10X-X=9.999…-0.999・・・

     9X=9

     X=1

  したがって答えは1



0.999…については少し前に僕も考えたことがありました。

その時は、0.999…は分数で表せないから無理数なのか?というものでした。

友人との議論の結果

0.999・・・=0.333…+0.333・・・+0.333・・・

     =1/3+1/3+1/3

     =3/3

     =1

という結論に達しました。

結局、無理数なのか有理数なのかはよくわかりません・・・・。



数列を勉強した今では

0.999…=0.9+0.09+0.009+…

     =9/10+9/100+9/1000+…

これは 初項9/10 公比1/10 の等比数列の和の極限なので

0.999…=(9/10){1-(1/10)^∞}÷(1-1/10)

     =(9/10)(1-0)/(9/10)

     =(9/10)/(9/10)

     =1

とも考えることができます。



また0.999…は、1より1/∞小さい数なので

1-1/∞とも表すことができます。 (同じ近さを持つものに1+1/∞もあります)

1-1/∞=1になりますよね。



計算から離れるのであればこういう考えもあります。

0.999…は0.9よりも1に近いですね。

0.99よりも近いですね。

0.999よりも近いですね。

0.9999よりも近いですね。

この比較を無限に繰り返した先に0.999…があるのです。

つまり、0.999…は1にならないと完成しないのです。

そして、大きさが1になったとき0.999…は完成するのです。




常識の中に存在しない数ですから、常識が通用しないのも仕方のないことだと思います。


こういうことを考えると、数学って面白いと思うんだけどなぁ・・・。


もし①が正しいと思う人がいたら反論よろしく。

悪とは何か?(その2)

悪とは何か? で犯罪が悪なのかについて考えました。

ここ数日考えた結果、僕なりの結論に達しました。


対象にとっての悪とは、対象にとっての不利益である


これが僕の結論です。

何が言いたいのかというと、つまり「僕にとっての悪」は「僕にとっての不利益」だ、ということです。


例えば、殺人に関して考えてみます。

一般的に殺人は悪ですよね。

しかし、僕はそうとは思いません。

殺人自体が悪なのではなく、それのもたらす不利益こそが悪だと思うのです。

そして自分に不利益をもたらす殺人は、自分にとっての悪なのです。


場合分けして考えてみます。


・自分が殺される場合

自らの死は己にとって最高の不利益です。生き物は死んだら意味がありません。

生きるために存在しているのです。

よって殺されることは自分にとって不利益であり、悪ということになります。


・自分が殺す場合

この場合の多くは自分にと手不利益であることは言うまでもありません。

しかし、戦場や非現実世界(ゲーム等)は例外です。

やはりこの場合も多くが悪のようです。


・他人が殺される場合

殺される人が誰なのかは非情に重要な問題です。その人がいたほうがいいのか、いないほうがいいのか、どちらでもいいのか、この違いが不利益の違いを生みます。

自分にとって利益のある人が殺されるのは、自分にとって不利益です。

しかし、犯罪者などが死刑を執行されることは遺族にとっては利益ですが、はっきり言って僕には関係ありません。

知り合いが殺されることは悪で、それ以外は必ずしも悪になるわけではないようです。


・他人が殺す場合

この場合も上と同じです。

その人の行動が、自分に不利益を生じる場合は悪とみなされ、それ以外は必ずしも悪にはなりません。


何故僕が善悪を利益不利益で考えるのかというと、自分の利益を追求することは、周りの利益につながる場合が多いからです。


例えば、友達を騙して金儲けをしたとします。

ばれなければそれに越したことはありませんが、ばれてしまったら大変です。

せっかく儲けた利益は没収され、逆に賠償することになるかもしれません。

さらに、友達は二度とかまってくれなくなるかもしれません。


つまり、自分の利益のみを考えることはとても危険だとういうことです。

ようは、全体の利益を考えることが、自分にとっての最大の利益になりえるということです。


いつでもどこでも自己中は嫌われますよね。

限度を超えたわがままも嫌われますね。

しかし、この考え方は危険を伴っています。

何が自分にとって利益なのか、不利益なのかをきちんと考えないと危ないです。


ただ己の快楽を求めるのか?

それとも共存を望むのか?


今の社会では己の欲のみを考えて生きていくのはどうも難しそうですね。



それが自分にとって利益なのか?

それが自分にとって不利益なのか?



この判断が正しくできる世の中になってくれることを切に願います。

かなり間が・・・

おかげさまでレポート終わりそうです。


うちの学校にちょっとレポートにうるさい教師がいるんです。

んで、僕がレポートを大幅に遅れて提出したんです。

当然説教されます。

遅れたのは事実だし悪いとも思っているし怒られて当然だとは思います。

こんな様なことを言われました。


「企業だったら即首にされるよ」

まぁ、そりゃそうですわな。


「こんなんじゃ困るよ」

まぁ、そうですね。


「2学期はこんなことにないように」

「がんばります」と答えたところ

「がんばりますじゃないよ。そんなんだからだめなんだよ」と言われました。

「がんばりますはお茶を濁す言い方でしょ?」と言われました。

さらに「本当に決意があるなら、2度と遅れませんくらい言えるよ」と言われました。

ん?

今の一瞬の説得力のない会話の中で自分を変えろと?
今までそう思ってきたけどできなかったからこうなったんですが?
2度と遅れませんと言って遅れたらどうすりゃいいんですか。
できもしない約束をしても意味ないと思うんですよね。

そう思って「がんばります」と言ったんですよね。

だってがんばるしかないんですから。


でもそこには、あきらめている自分がいる

甘くなっている自分がいる


でも結局、がんばるしかないと、思うんだけどなぁ・・・。

【ただいまレポート魔神の攻撃を受けています】

ビビビビビ!!( ´)*=============*Д゜)/ ヒィィイ!!

さて、めんどくさいがやる以外に選択肢はない。



ガンバレ自分