さて、前回の続き。
自己受容の成果は?
自分のダメなところも隠さなくていいので、楽になります。
全てをさらけだすというところまではいってないにしても、前と比較して随分楽になりました。
私の仕事は、一言でいうと講師業です。
講師だから、立派な人間にならないといけない。
講師だから、清廉潔白でなければならない。
講師だから、受講生より偉くなくてはならない。
以前なら、そう思っていました。
自分を偽り、自分じゃない立派な人格者を演じていたでしょう。
でも、今は・・・・。
私も完璧でないひとりの人間です。
受講生の方々も、完璧でないひとりの人間です。
要は、同じ人間なのです。
偉いも立派もありません。
あくまでも対等な関係です。
ただ、ひとつ違うとすれば、指導する要項が、受講生より私の方が知っているということです。
その分野以外では、受講生の方が優れていることいっぱいです。
私が、そのことを学びたいと思えば、私が受講生になります。
だから、私は講師ですが、ひとりの普通の人間です。
昔のように、受講生より立派な人格でなければなんて思いません。
肩ひじ張らずひとりの人間として講師ができるのです。
だから、楽なのです。
ダメなところも含めて、私は私。
自己受容は、人を楽にするのです。