偏った自分はいけないから直すのではない。
偏った自分を受け容れ、どうするのが自分のためになるのか?
自分のためになるとは、周りとどう融合していくかということ。
では、どうして周りと融合することが自分のためになるのか?
結論から申し上げると、・・・・。
人間ひとりでは、何もできない。
いや、そんなことはない。
自分のことは自分で出来るから、それでよいのでは?
そうですね、自分のことは自分で出来ますし、それで生きていけるのかもしれません。
でも、・・・・
人間には、所属欲求というものがあります。
所属欲求があるから、家族や組織、社会が出来上がっています。
まず、人間ひとりでは幸せになれないのです。
簡単に言えば、ひとりでは寂しい生き物なのです。
そして、生きていくために、・・・・。
やはり、ひとりでは生きていけないのです。
(ひとりで、すべて生きる術を成し遂げるのは無理)
だから周りと融合していく。
端的に言うと、人間関係を築いていく。
そのためには、偏っている自分を受け容れ、そして、偏っている他者を受け容れる。
偏っているもの同士、お互いが納得できる着地点を見出す。
そのためには、自分も他者も客観的に公平な視点で見ていく必要があります。
本当の客観視とは、自分と他者を第3者の目で見る。
ということなのです。