「人間とは、厄介な存在」
「自分も厄介な人間。よって、良い勝負」
なんか、この言葉にしびれました。
この言葉どこで耳にしたかって?
NHK朝のテレビ小説『梅ちゃん先生』です。
(今、再放送しています)
主人公 下村梅子は、小さい頃から何をやっても失敗ばかり。
出来の良い姉・兄と常に比較され、家族唯一の落ちこぼれと
評されていました。
しかし、大学病院の教授でありドクターの父が、子供を治療
する場面を目の当たりにしてから、医者を目指すことになったのです。
一念発起して勉強に励む梅子。
見事、医療専門学校(医専)に合格するのです。
医専では友人に恵まれ、各々家族の話しになったところ。
梅子の父が大学教授であり、ドクターであることが発覚。
梅子が医専を目指すことを反対していたということを聞いた
友人たち(4名)は、抗議の意味も込めて、梅子の父に会おうと
言い出したのです。
梅子の父から反対した理由を聞き、納得した友人たち。
その後、梅子の父に、医者としての心得を質問してきたのです。
梅子の父が語ったのが、冒頭の言葉だったのです。
「医者を聖職と思ってはいけない」
「人間は厄介な生き物です」
「患者も厄介、自分も厄介な人間。よって、良い勝負です」
帝都大学(東京大学でしょうね)の大学教授と言えば、相当な
人格者のイメージがあります。
その偉大な人が、自分も厄介な人間、と言えることに、私は
しびれたのです。(まあ、テレビドラマではあるんですが・・・・)
自己受容とは、完璧ではない部分も含めて、そのまんまの
自分を受け入れることです。
それを醸し出す言葉が、視聴率の高い、朝の連続テレビ小説
から聞けたことにとても喜びを感じました。
なんか感想文みたいになってしまいましたね。(笑)