資生堂のグローバル人事に関する記事が紹介されていたので紹介します。
資生堂「グローバル人事革命」の最先端
プレジデント 5月9日(水)10時30分配信
資生堂が外部から人事部長を招き、グローバル化のための大改革にとりかかった。適時・適材・適所と後継育成を可能にする「タレントマネジメントシステム」、脱・年功序列……。これまでになしえなかった改革を、とてつもないスピードで実行しようとしている。
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■末川社長も学んだ少数精鋭のグローバル研修
「マネーはコモデティ化し、多くの企業にとって資金集めはもはや大きな問題ではない。真の戦いは人材の獲得にこそある」──。こう喝破したのは『ビジョナリーカンパニー』の著者であるジェームズ・C・コリンズだった。
ましてや韓国・中国企業に押され、日本企業の技術や商品は陳腐化・コモデティ化しつつある。その中で競争力の源泉が“人材”にあることに気づいた日本企業が、本格的なグローバル人材の獲得と養成に舵を切り始めている。それは旧来の国内および日本人を中心とする同質・年功的な序列体系を大胆に変革し、世界規模での人材の獲得・育成と登用を目指す人材の無国籍化である。
化粧品最大手の資生堂も、人材のグローバル化に着手した企業の一つだ。2011年4月の末川久幸社長の就任以来、グローバル経営を一気に加速している。同社の2011年3月期決算の海外売上比率は42.9%。世界の88の国と地域でビジネスを展開している。今後も中国を中心に海外市場でのシェアを高め、17年には「日本をオリジンとし、アジアを代表するグローバルプレーヤー」になることを目指している。
今年4月1日付で06年に招聘したグローバル事業担当のカーステン・フィッシャー取締役執行役員専務を代表取締役に昇格させる人事を決めている。
また、成長の柱と位置づけるグローバルリーダーの養成を含む人材マネジメントの構築を担当するのが、11年4月に日立製作所や米GE、HPを経て同社の執行役員人事部長に就任した大月重人氏だ。日本の伝統的名門企業で外部から人事部長を招聘するのは、極めて異例のことだ。それまで日本企業がなしえなかった人事制度の抜本的改革への本気度がうかがわれる人事といえる。
人材のグローバル化を実現するための最大の課題は、適材適所のマネジメントシステムの構築だ。
「適材適所というより適時・適材・適所の配置の仕組みをつくり上げることです。外国人の役員を出すことが目的ではなく、その仕組みの中で日本外からビジネスを代表するような役員や幹部が輩出されてくるのは必然だと考えています」(大月人事部長)
そのための素地は整いつつある。同社のグループ社員は約4万5000人。うち外国人が2万人を占める。現地法人は40社近くあるが、年間十数人の責任者クラスが日本から海外、あるいはフランスからアメリカという多国間異動を行っている。現地法人の社長の日本人と外国人比率はほぼ半々と拮抗し、副社長やダイレクタークラスの幹部役員は、日本人約80人に対し外国人約240人。経営の現地化も着々と進んでいる。
すでに先行しているのが研修機能だ。一つが07年からスタートした「資生堂グローバル・リーダーシップ・プログラム」(SGLP)。本社の部門長や現地法人、関連会社の社長クラスを対象に「資生堂本社で役員を担える人を育成する」(大月部長)1年間のプログラムである。
汐留本社での研修を皮切りに、スイスのローザンヌにある欧州トップランクのビジネススクールのIMDと提携した研修メニューが用意されている。
参加者は同社の役員で構成する「人材審議会」が選抜した計14人。5期目の今年3月卒業の研修生の内訳は日本人7人、外国人7人。彼らを含めると卒業生は70人弱になるが、末川社長がその第一期生であり、多くの執行役員を輩出している。
さらに11年からは、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中国の世界の4拠点で現地の副社長、ダイレクタークラスを対象に現地法人のトップを養成する「資生堂リージョナル・リーダーシップ・プログラム」(SRLP)をスタートさせている。
ここまでは、日本のグローバル企業が推進している施策とほぼ同様の内容である。多くの企業は現地法人の人材を育成・登用し、現地の社長に予算や人事権などの裁量を与え、本社はトップをコントロールするという経営の現地化を推進している。しかし、資生堂はそうした方向性を志向しない。目指しているのは、日本を含む世界の国・地域からグローバルリーダー候補を発掘し、世界レベルでの適材適所の配置を実現するグローバル人材マネジメントの構築だ。
その土台となるのが11年4月に策定した資生堂グループの新しい企業理念だ。ミッション(企業使命)、バリュー(価値観)、ウエイ(行動規範)の3つで構成され、世界の資生堂グループの社員に共通する価値観として「多様性こそ、強さ」「挑戦こそ、成長性」「革新を続ける伝統こそ、卓越した美を創造する」を掲げている。
「人事施策を含めて、これまでは国内と国外で違うことをやっていましたが、今後はグローバルカンパニーとして打ち出す人事施策は、国内外で同時にやるというパラダイムシフトを起こしていきます。その最初の取り組みがグループ社員4万5000人に発信した企業理念。これを浸透させるために、企業理念に基づく行動様式モデルを国内外の全社員向けに作成し、グローバルな人材マネジメントを確立していくことにしています」(大月部長)
企業理念を浸透させるために、価値観や行動基準をさらに社員の行動すべき内容として明文化し、全世界の4万5000人の社員の人事評価の一部に加えることも予定している。
グローバルリーダー養成も前述した研修と連動した仕組みを構築しつつある。具体的には、当初は幹部社員層の200人程度をグローバルリーダー候補として位置づけ、主要ポストへの登用を前提にした育成計画を作成。研修と配置による育成を行うというものだ。
■後継人材の選抜と育成を活性化する新しい仕組み
後継人材の選抜と育成計画の指標となるのが導入予定の新しいタレントマネジメントシステムだ。これは、各部門単位の人材育成会議、事業部ごとの事業審議会、本社の人材審議会で議論する人材の適正配置のベースとなるものだ。グローバルリーダー候補の中で業績が高く、ポテンシャルの高い人を特定すれば、後継人材としてノミネートされる。
「たとえばその人を執行役員にすると決めたならば、スキルギャップをどのようにして埋めるかという育成計画をつくります。もちろん研修も大事ですが、別の事業部に異動させたり、あるいは海外での経験を積ませるという配置を繰り返すことで執行役員に育成していくことになります」(大月部長)
このシステムがいよいよ今年の4月から試行される。仮にこの仕組みが順調に機能するようになり、「外国人の社員が後継人材としてふさわしいということになれば、異動による育成を経て役員に登用されることもある」(大月部長)ことになる。
グローバルリーダー候補にノミネートされた社員は、当然育成計画に基づいて日本を含む世界の拠点を異動する。しかし、国ごとに賃金体系や人事評価制度が違っていてはスムーズな異動に支障を来すことになる。そのために日本の管理職と現地法人の幹部社員の人事制度を統一することにしている。
同社の現在の管理職の資格等級は、年功的な色彩が残る日本的な仕組みで運用しているが、「社員を世界レベルで適時・適材・適所に動かそうとすれば、世界共通の仕組みを導入する必要がある。今後は管理職以上は職務や職責など、仕事の役割に基づく役割等級制度を導入していく」(大月部長)予定だ。
■グローバル化を阻む「年功的人事制度」を払拭する
日本企業の人材のグローバル化を阻む最大の要因は、年功的人事制度にあると指摘されている。同社はこれを払拭し、年齢や能力に関係なく、本人が従事している職務や役割に着目し、同じ役割(ポスト)であれば給与水準も同等にする仕組みを導入しようとしている。世界共通の制度を今年中にも日本に先行導入する予定だ。
もちろん世界の全社員を同一の給与制度や教育体系で動かそうというわけではない。それぞれの国、独自のローカルな文化に基づく制度は尊重しつつ、企業理念に基づく世界共通の価値観を横串で通す。同時に経営に関わるグローバルリーダー層を形成し、世界の資生堂をマネジメントしていくという戦略である。
しかし、人材のグローバル化というパラダイムの転換は、資生堂の社員にとっては不安もあるだろう。外国人の上司が異動してくれば当然英語力も問われることになる。大月部長は今後の姿についてこう語る。
「明日から上司はアメリカ人ですかというようなことを言う人がいますが、そんな部署ばかりではありません。国内には2万5000人の社員がおり、日本のマーケットも非常に大きい。グローバルなヘッドクオーター機能を担うのはその中の1000人ぐらいかもしれませんし、残りの2万4000人はあくまでも日本のマーケットでの能力の発揮が求められます。
たとえば国内に1万人いるビューティーコンサルタント(美容部員)は日本のお客様に相対する仕事であり、そこで価値を発揮してもらうことが必要です。国内の営業も同様に日本の中でのキャリアパスを積んでいくことは当然認められるべきだと思います。一方、本人の希望で資生堂のグローバル化に憧れて入社したという人は、グローバルに活躍できるチャンスが十分にありますし、その意味ではキャリアの選択肢が広がることになります」
すでに社員の国内外での活躍の場を広げるための能力を底上げする施策も展開している。一つは社員がこれまで積み上げたキャリアや人事評価を含む個人のデータベースの構築である。人事情報のITインフラの整備は、グローバル人材マネジメントを行ううえでの不可欠なツールであり、すでに国内2万5000人と海外の幹部社員のデータベース化を今年1月に完成。いずれ全世界の社員のデータベース化を図る予定だ。
もう一つの社員の能力発揮の“装置”が11年4月に設置された「キャリアデザインセンター(CDC)」だ。個別のキャリアカウンセリングの実施や、キャリアデザインセミナーなどを開催する。
キャリア開発研修は昇格者を対象に、それぞれの自分の強みを整理し、社内でのキャリア形成を考える。キャリアデザインセミナーは40代向けと50代向けの2種類があり、自分の人生設計を含めたキャリアの伸長を図ることを目的にしている。
最大の狙いは、自らのキャリアは自ら描くという自律的なキャリア形成にある。従来の日本企業では、個人の希望というより、会社が描く一人前の人材に育てることを目的に、一定のジョブローテーションに従って養成していくというパターンだった。しかし、会社に言われるままのキャリアを磨くだけでは本人の成長はもとより、会社にとっても期待以上の成果は得られないという認識がある。
「キャリアは会社が与えるものであり、異動を命じられたら黙々と従うというのが日本企業のやり方でした。そうではなく、なりたい自分になるにはどうすればよいのか、それを会社として支援するのがキャリアデザインセンターの目的です。もう一つはグローバルで勝負しないといけない中で、もっと社員の専門性を高める必要があるという問題意識を持っています。たとえば私が外資系に勤務していたときの社員は、その道20年、30年を経験している人が多く、非常に専門性が高い。それに比べて一部の日本企業の場合は、若いときにいろんな仕事を経験させるのはよいとしても、専門性の観点ではどうしても低くなります。そのやり方を全面的に否定はできませんが、それではグローバルで勝てないのではないか。自分の関心と適性がある領域で能力を大きく伸ばせるような選択肢を提供していくことが必要だと思っています」(大月部長)
資生堂は1872年の創業当時に「書生堂」と呼ばれたように、人材育成に熱心な企業として知られる。06年には「魅力ある人で組織を埋め尽くす」ことを狙った資生堂「共育」宣言を策定している。そして今、グローバル経営を基軸に国内外の競争に打ち勝つための新たな人材創造にチャレンジしている。同社の試みは、他の日本の大手企業にも影響を及ぼすことは間違いないだろう。