11日の杉田劇場小ホールから始まり日比谷「むつ新」と続き、昨日22日の横浜市立大学医学部付属病院(横浜市大病院)ホールでの演奏で今年のクリスマスコンサートを終えました。

養護施設での演奏も当初予定していたのですが時間がとれませんでした、、、。
しかし引き続き皆で側面から応援していきます。

1998年から年2回のコンサートを行っている横浜市大病院。
今年2011年のクリスマスコンサートも患者の皆さん、点滴しながらも最後まで聴いて下さった。
手の使える方からは大きな拍手を頂戴しました。
病院長 看護士さん 事務方 一般の方も聴いて頂きました。

このコンサートは僕にとっては特別なものです。
普段以上に集中力を高めて演奏します。
客席からも逆に凄まじい集中力を感じます。
話し声や咳がピタリと止まります。
あの演奏中の張り詰めた空間においてお互いの霊の交換を行っています。

演奏が終わると拍手が沸き起こります。
霊的な交わりの余韻が残り、次の曲に進むとまた独特の緊張感が広がります。

1998年から始めたコンサートは癌から勝利して2011年まで生き続けているという僕自身の証でもあります。
ですのでコンサートの途中お話をさせて頂きます。

上を向いてあるこう
柊かざろう
まきびとひつじを
クリスマスソング

ここで闘病について話します。
癌を告知されてすべてを負の方向で捉えてしまったこと。
そこから癌と闘うという積極的な方向にシフトをかえたこと。
12時間の手術と半年の入院生活のこと。
結果障害者となったが、それも我が命の為ということ。
患者も医者任せではなく、自己の免疫力を上げる為に僕自身が行ったこと。
それは笑い、喋り、明るく生きようとすること。
そして自分を信じ、医者と看護士を戦友として捉えること。
等をお話させて頂きました。

ペチカ
この道
雨降りお月さん
ゆりかごの歌

挨拶して最後の曲
川の流れのように

このコンサートでは僕達(ピアノ 林あけみ ユニット名「シャンティ・ドラゴン」の前に、
市大医学部の学生さん達が出演します。
医者のたまご、、、、と言ったら失礼でしょうか。
このピアノサークルがまた素敵です。
昨年も出演されてましたが一段と腕を上げたみたい!

渚のアデリーヌ
ホワイトクリスマス
ベートーベン ピアノソナタ
モーツアルト ピアノソナタ

お世辞でなくとても素晴らしかったです。
久々にモーツアルト聴きました。
モーツアルトは好いよね!!!
医学部の学生さん、サンタクロースの姿でピアノを弾いてます。


相方と飲み仲間で僕が入院中の看護婦長さんだったSさん。今は看護副部長!
そのSさんと控え室でお喋り、、、。



さて演奏が終わり、看護副部長はこのあと会議。
打ち上げは来週ブラジルレストランで(焼肉)と副部長と約束して次に。

タクシーで本牧のスタジオへ。

生徒さんの録音です。
この資料がアメリカの大学へ行きます。

緊張の連続です。
リハーサルしてから各曲テーク6以上録ったでしょうか、、、、。

僕自身子供の頃を思い出して
ああやっぱり、、、
と思うことがありました。

それは音色についてです。
録音が進むにつれ音色が変化していくのです。
最後のテークは別人とも思える本物の音色でした。

本物の音色ってなあに、、、。

これにはほんとに簡単なわけがあります。
このわけは何十年前の僕が経験したのと全く同じです。

このわけとは
吹くことです。

本人にとってもいい経験でした。
どうすれば上手くなるのか
というのが理解できた日でもありました。

緊張の3時間。

疲れたね、、、、。


僕が。

その後生徒さんとお母様
相方と僕で食事とミーノ。

本牧通りの中華。
ここの牡蠣のミソ炒めは絶品だった。

紹興酒の燗が何時も以上に進んだ。
そんな22日だった。


おっともう23日の朝だ。
寝よう、、、。

お疲れ様でした。

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1昨日は久々にレコーディングエンジニアの加藤さんとRさん、そして相方の4人で中華街へ行きました。
前から知ってる隠れ家的な店「しんきんこう」での食事です。
ここも美味しい。

加藤さんは今年ポールウインター氏のグラミー賞受賞CDのエンジニアです。
凄いでしょ!!
僕達の音源にも加藤さんの録音があります。
1枚はCDになっています。

そのポール氏の録音は滋賀にある美術館で深夜録音したそうです。
やはり一杯霊が見物にやってきたそうです。
善い霊ですね。
悪い霊は音が嫌いなので、、、。
いろんな話がでて楽しい酒の席となりました。

今度録音を加藤さんと一緒にします。
来年早々には上げないと、、、

また頑張って音楽します。

やや風邪ぎみですが今朝は治ってきたような、、、。
次は22日横浜市大病院ホールでの年末コンサートです。
話もするので風邪だとしゃれになりません。
昨日まで顔も名前も知らなかっったのに、その日を境に一生忘れることのできない人間となる。
その日、、、、

15~6年前になるのか、、、
ある場所でテナーの竹内直氏とのデュオをやった。
竹内氏はその時「一期一会」というトリオに在籍していた。
メンバーは竹内氏以外にリーダーのドラム、小山彰太氏そしてベースの是安さん。
トリオ一期一会はツアーでの移動で現場に着いた。

デュオが終わり、トリオの演奏。
最後僕も入ってカルテット。
その時の演奏はあまり覚えてない。
ただメンバーには受けたようだった、、、、。

打ち上げが始まり飲んだ。
その時是安さんが僕の隣に座り「企画出して動くって僕もやったことあるけど大変だよね」
と言ってくれた。
竹内氏、小山氏は知っていたけど是安さんは失礼だがそれまで知らなかった。
そして飲んだ。
飲んだ、、、、、。

その時すでに彼はアルコールに犯されていたが知る由もない。

その日は是安さんの奥さんも来ていた。

僕の相方もいた。

それからお互いの交流が始まった。

是安さんがアルコールでの障害で倒れたのはその日から数年してだったか、、、
さらに心臓で入院した。
僕達はシュウマイを持って立川の大きな病院を見舞った。
昼時。
彼は美味しそうにそのシュウマイで病院食を食べてくれた。

僕が癌で入院した時わざわざ横浜まで見舞いに来てくれた。
嬉しかった。

それから相方林あけみと僕、そして是案さんのベースが入ったトリオを組んだ。
時々ドラムのつのだけん氏が入りカルテットで演奏した。
今考えれば凄いバンドだった。
2枚のCDを出しツアーにも行った。

10年続いた。
この10年はある意味リハビリバンドでもあった。
音楽 病気 、、、、、。
その10年でそれぞれ各自変化していった。
特に是安さんの変化は大きかった。
進化だったのか、、、、

変化と書いたが、、、
僕達2人はもしかして何も変わってはいなかったのかもしれない。

10年目にバンドは解散した。

それからの是安さんの活動は素晴らしいものがあったと聞く。
「今日本で一番好いベースが是安だ」とエアジンのマスターが言っていた。

僕は3年間そんな話を聞くだけで一度も彼と顔を合わすことはなかった。
その間一度も僕達はベースを入れたライブは行っていない。

嫌な予感がしたのはその日の深夜。
是安さんのことが気になってどうしようもなかった。

彼が亡くなったとその日の夕方知らされた。

昨日久々に相方と是安さんの家に行ってきた。
今日納骨なのでその前にもう一度線香をあげたかった。

丁度昼時。
奥さんの分も含めちょっと豪華なお弁当とビールを買って行った。

たくさん喋った。
ほんとにたくさん喋った。

来年のお盆は是安さんとも毎年演奏に行った本覚寺に奥さんと行こうと約束した。
本覚寺でお経をあげてもらう。

実は来年彼に会うつもりだった。

また一緒にやろうと考えていた。

奥さんがこう言った。

「金剛さんのことは気にしていたみたい。」
そして
「またいつでも一緒にできるよ」

「と、是安は言っていました。」

嬉しかった。

合掌