時は令和5年3月。

そろそろレコーディング(※)の頃合いかと妻と話す。

※バンドマンが子作りをする時に用いる暗喩。

 

子ができてからだと色々動きづらそうな様子は、先輩方の様子から容易に察せられたため、先に家を購入すべきとの結論に至る。

 

我々が居住する某市は都心ほどではないものの、めちゃくちゃ地価が高い。本当に高い。


わたくしの収入は公言しても「まあそんなもんやろな」というところだが、

妻の就労意欲は極めて低く、ペアローンなど夢のまた夢。その全てを一人でまかないきる必要があると判断。

(ちなみに妻の年収は遊戯王のワイトの攻撃力にも満たない。)

 

となると、郊外に出るしかない。

思い立ったが吉日と、その週のうちに地下鉄の始発駅に位置する分譲中のマンションの見学に。

我が職場があるオフィス街まで地下鉄一本20分程度で着く好立地。駅まで徒歩3分ときた。

 

近くのショッピングモールに併設されているマンションギャラリーに赴くと、

受付もそこそこに、小さなシアターに連れていかれ、大画面で映像を見させられる。

いかにこのマンションがイケてるか、5分程度でまとめられた良作。もっかい見たい。

 

すると若い営業の女が出てきて、「資産価値」「新築に住む優位性」を基軸に営業トークが展開される。すでに嫌な予感が漂う。

そして、最も多く分譲されている70㎡程度のモデルルームに案内していただく。

 


抱いた感想、狭い。

 


LDKに隣接する洋室を開け放っても、リビングに圧迫感がある。

もちろん洋室も窓はなく、暗い。

設備も賃貸に毛が生えた程度のレベル。

 

食洗機は?と尋ねると「オプションです」と宣う女。

 

「お前はこれに5000万払うのか?」と営業の女に問い詰めたくなる気持ちを抑え、

肩を落としてマンションギャラリーを後にする。

 

気を取り直してショッピングモールを散策すると、ビアードパパを発見。

この辺りでは見かけない名店に妻がすっかり気を良くし、「ここに住みたい」と独り言つ。森高千里か。

 

そうして我々は新築マンションは断念し、身の丈に合った家を探し始めるのでありました。

もう会えない人を思う夜が続きます。
素敵な素敵な歌声のあなたを思う夜です。 

手がうまく動かなくなって、サポートギターの横で楽しそうに歌うあなたを目にした時は、何も言えなくなってしまいましたが、いざこうしてあなたが亡くなると本当に何も言えなくなってしまいます。

素敵なお嫁さんをもらっていたこと、先日初めて知りました。

水くさいあなたは、もうすぐ27になる俺よりたった10年だけしか生きることができませんでした。

あと10年で何ができるかなあ俺は。
せめて俺の好きな人たちだけのためにでもいい曲書きたいな。

一色徳保さん、今までありがとうございました。



季節はずれの花火をしよう  
震えながら  笑いながら 
優しい気持ちに  僕らなれるはずさ

花火 / つばき


ブンブンハローアメーバ ちゃんしよです。

気がついたら春だったとは という一節で終わる佳曲を聴きながら浴槽につかっていた私は妙に機嫌がよくなり、そうだこのままタバコを吸おうと、ぷかぷかとくゆらせましたところ、それはそれは最低の一本となりました。

明後日25日の土曜日に京都でライブをします。昨年の11月ぶりやね。筆の遅いバンドなもので。これ終わったらまたしばらくやりません。
17:30から30分だけやります。もし万障繰り合わせの上、見にきてくださるキ◯ガイがおりましたらタダでご招待しますので当日までに一言いうてくださいね。アクセスのいい見やすいハコでやります。時間も早いので見てから飲みに行くなりnanoに行くなりしてください。いいライブすると思います。よろしく。


各位


デロンギのエスプレッソマシンはご存知であろうか。いつもスーパーで廉価で販売されているUCCの豆を入れても、気を利かせて持ち寄ったサーカスコーヒーの豆を入れても、抽出される液体は全て「デロンギの味」になる名器である。

喉の奥まで苦味が走るそのコーヒーは明治エッセルスーパーカップと特別相性が良く、アフォガードとなり溶け合う二人は何に例えられようか。


春気に誘われるかのように梅小路公園まで自転車を飛ばし、近くのベーカリーで買ったパンを食べ、タバコを吸うわけでもなく、誰かと話をするわけでもなく、梅咲いてねえじゃんこれじゃただの小路公園だと悪態をつき七条から六条、五条と上がっていく。

何の気なしに家を飛び出し三日三晩彷徨い続けた顔をした迷子の26歳は三条で足を止めて、二条通の暗がりに身を投じた。


どれだけ月日が経とうとも、どんな映画を観ても、誰に抱かれても、ここで飲むデロンギのコーヒーは同じ味なのだ。病めるときも健やかなるときも。


明日の朝、目を覚ませばきっとデロンギのコーヒーは枕元にあって、うす苦いそれを飲み干すと何事もなくまた一週間が始まるのである。このままではいられないと迷子の俺は思うのだ。本当はその味苦手なんだとは言えないのだ。


その昔MEGUという育成ゲームアプリがあった。その中で蛍光色が愛らしい小動物を濃やかに育んでいた。彼か彼女かは存じ上げないが、とにかくよく腹を空かせていた。お前は人間に飼われなかったらどうなる。そんな愛らしい身体でどうやって他の生命体を捕食するのだ。そんなハイスペースで腹を空かせていて自然界で生きられるわけがないでしょう。神様は設定を間違えている、といつも思っていた。お前と俺のこの距離は誰の設定ミスだろうか。プレイヤーの意思ではどうにかなる与し易い愛はそもそも設定されているのか、とも。多分レベルが足りないんだろうな。俺はまだ餌を与えられて生きているんだろうな。腹を空かせすぎなんだろうな。俺は見えない誰かに飼われていて飼い主はさぞかし手を焼いているんだろうな。俺の飼ってたMEGUはおねこという名前だったんだけど、よく「ぼくたち住めるところがなくなると タマゴの中でじっとしているの」って呟いてた。概して俺はといえば心が住まう拠り所さえ無ければタマゴに閉じこもる事も出来ない。