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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 1968年にチュコスロバキアで起こった民主化を求める運動。それがソ連によって見事なほどに潰された事件「プラハの春」。


 60年代はヨーロッパでは政治の時代だった。もちろん背景にあるのは東西冷戦。その主戦場は東と隣接するヨーロッパなのだから。

 

 そんな時代を描いた映画「プラハの春」。サブタイトルは「不屈のラジオ報道」。



「プラハの春・不屈のラジオ報道」★★★★☆

 

 世界の現代史に興味があるので、この事変には興味があった。結局、ベルリンの壁が崩壊するまでに30年かかった。それも、今のロシアをみていると過去の出来事など、何吹く風のようにやりたい放題。

 

 そのチェコスロバキアも2国に分裂している。ルーマニアが分裂した時のような血で争うような騒動には発展はしなかったけど、そこには民族問題が根底にある。

 

 ヨーロッパの政治を考える時、一筋縄ではいかないなと思う。そんなことを、この映画を観たあとに考えた。この68年はそんな国民がソ連の独裁的な支配にすこしばかりの抵抗をした。

 

 21世紀になり、アメリカのベネズエラへの侵攻を思うと、今は独裁者を倒すのにあんな手段を使うのだと唖然とする。独裁的な支配をしている国が、この21世紀のどれほど多いかも考える。

 

 ロシア、中国のような大国が大手を振って、自国の利益だけを優先して、世界を動かしている。ウクライナという局地的な問題ではなく、数多いアフリカの国、中南米に国など、実に多くの国が、中ロの実質的に支配下に置かれている。

 

 東西冷戦のような「見える」形での支配ではなく、金や武器で、自国を統治できないような弱国を支配しているのだ。そんな怖さ。

 

 この映画を観て、そんなことを考えた。その意味で半世紀以上も前の話だけど、今の社会の鏡のような作品でもある。


 


 

 成瀬巳喜男1963年の「女の歴史」。主演は高峰秀子。共演は宝田明、山﨑努、仲代達矢。戦前、戦中、戦後をたくましく生きてきた女の物語。
 
 物語は戦後から始まる。ヒロインの高峰秀子の息子に山﨑努。自動車会社のバリバリの営業マン。しかし、彼は事故死してしまう。一人息子を失い、茫然自失の中、これまでの人生を回顧する。
 
 戦前、宝田明扮する材木屋の大店の坊ちゃんにこわれて結婚。しかし、夫には愛人がいた。やりきれない思いのまま、一人息子を育てる。
 
 戦後、担ぎ屋をして家計を支える。東京に出た際にかつての夫の同僚(仲代達矢)と再会する。戦後の混乱期、彼が甲斐甲斐しく面倒をみる。
 
 実は彼は女に密かに思いを寄せていたのだ。
 
 しかし、その思いも成就することはなかった。資金問題でトラブルを抱えて、彼は東京を去る。
 
 担ぎ屋で知り合った闇屋の女(淡路恵子、きっふのいい女ぶり)に導かれて、彼女も美容師になり、女ひとりで子供と義母の面倒を見る。
 
 そんな、ある日、彼女は仲代達矢に再会する。

 

 

 見どころは若き日の仲代達矢と山﨑努の競演。特に仲代達矢は晩年は、ややクセのある芝居をしていたけど、若い時は二枚目な演技。山崎努も若い。晩年の大御所二人のフレッシュな演技が目新しい。

 

 女性映画の巨匠といわれた成瀬巳喜男。女の傑作群像劇「流れる」のような深みがない。監督して体力が衰えたような作風。これは巨匠といえども避けられない「老い」なのだろうか。

 

 イランの政権は揺れている。このまま行くと政権が転覆しかなねない状況。国内は混乱している。なぜか日本では、ほとんど報道されない一大国際情勢。

 

 シニア世代には記憶が明確だと思う1979年のイラン革命。当時のパーレビ国王は、中東にあって、西欧化を進めていた。アメリカの後押しもあって日本企業も積極的にパーレビ下のイランへ進出。

 

 革命前夜には三越テヘラン店がオープン。五木寛之がイランを舞台に「燃える秋」という小説を書き、東宝はそれを映画化。国を挙げてのイラン進出だった。(映画が三越&東宝提携で製作。監督は巨匠・小林正樹。78年12月公開。)



 

 イスラムの国で西欧化を進める動きがストップした「イラン革命」。パリに亡命していたホメイニ師がイランに戻って、イスラム原理主義の国家運営を始めた。この「イラン革命」は、イスラム原理主義の考えが世界各国へ広まるきっかけになった。

 

 イスラム法による宗教独裁支配。この時代の市民のようすを知るために最適なアニメ作品がある。アカデミー賞にもノミネートされた2007年の「ペルセポリス」。テヘランに住む女の子が革命によって自由をまったく奪われてフランスへ移住する物語。



 

 それにしても、50年経って、またぞろ出てきた名前がパーレビJRって。そういえば、フィリピンは今、マルコス政権。こちらもパパは国を追われアメリカへ移住した。

 

 これもトランプ大統領の影響があるのだろうか。

 

 トランプといえば、グリーンランド問題。デンマークは頑なにグリーンランドを自国と訴えていて、ヨーロッパ社会はそれを承認しているけど、グリーンランドに住むネイティブな人たちはどう思っているのだろうか。

 

 それを考えた時、思い出したのが2017年の映画「北の果ての小さな村で」。デンマークで失業した主人公がグリーンランドへ渡り、デンマーク語の教師になる。


 しかし、ネイティブの人はデンマーク語なんて習う気もなく、彼は悪戦苦闘。結果、彼はネイティブのライフスタイルに魅せられていく。


 つまり、現地の人はデンマーク王国の支配下にいることなんて、望んではいないということ。



 

 アメリカの支配下になりたいか?は別としてデンマークが強く主張するほど、現地では支持されていないのではないか。

 

 イランの件もグリーンランドの件も、現地の本当の思いを知らせてくれる報道はほとんどない。

 

 

 戦前からの巨匠、成瀬巳喜男の晩年の作品、1964年の「乱れる」。主演は高峰秀子。脚本は高峰の夫、松山善三。共演は若き加山雄三。静岡の清水の酒屋を舞台に変わゆく時代を描いている。

 

 冒頭、近所にできたスーパーの派手な宣伝車が町を練りまわる。大きな音で、当時流行った「高校三年生」の音楽とともに半額バーゲンの宣伝をする。

 

 高峰秀子が演じているのは、そんな商店街のある酒屋の女主人。戦争中に酒屋の息子と結婚。しかし夫はすぐに戦死。未亡人になった彼女は夫の実家の酒屋を切り盛り、戦後の混乱期も乗り越える。

 

 「もはや戦後ではない」時代になり、近所のスーパーができて商店街が大打撃。もちろん、彼女の店も影響を受ける。夫の弟(加山雄三)は大学を卒業して就職するが、すぐに離職して実家でぶらぶらしている。

 

 姉二人(草笛光子、白川由美)は嫁いでいる。どこか高峰演じる後家の頑張りを鬱陶しく感じで、盛んに再婚を進める。

 

 しかし、高峰にはその気はなく。さらに義弟の加山雄三が、彼女への思いを告白する。突然の告白に戸惑う女。若い男の気持ちは一途なばかりでという展開。



 

 戦前から活躍した成瀬巳喜男。戦後しばらくは低迷期を迎えていたが51年の「めし」で復活。55年には「浮雲」56年には「流れる」と傑作を連発して、巨匠の地位を不動にした。

 

 しかし、60年代になると、その勢いがやや沈静する。そんな時期の作品。


 高峰秀子はさすが。でも、成瀬作品に加山雄三は合わない。東宝としては青春スターだけでなく、黒澤作品や成瀬作品に出して、本格的な映画俳優にしたいという思惑はわかるけど、巨匠は困っただろうな、と思われる彼の役柄。


 大人の女を描くことを得意とした監督だけど、若い男を描くのは苦手だったのか。

 民主党政権時代のふたり目の首相だった菅直人が「要介護3」の認定をされ、認知症なのだとか。79歳なので、認知症になるのは少し早い。(もっと早い人もいるけど)

 

 この人を最初に知ったのは市川房枝の選挙運動をしていた70年代。市民運動などいう言葉が少しばかり意味が残っていたころ。老齢の女性政治家はそのシンボルのような存在だった。

 

 市川房枝を応援していた市民運動の彼が議員になった。それから、左派の有力な政治家になった。


 96年には自社さ連合という、今では考えられない無茶な連立内閣で厚生大臣になる。そして、あの薬害エイズ問題などに対処する。

 

 2010年には民主党政権2代目の総理大臣に就任。戦後数少ない非自民の首相。



 

 しかし、その時に東日本大震災が起こる。理工系と自認する菅は自ら福島へ乗り込む。それは後日、事故への対処の妨げになったと批判を浴びることになる。

 

 それにしても阪神淡路の時は村山首相。そして東日本では菅首相というタイミングの悪さ。

 

 ただし、個人的には、それほど悪感情は抱いていない。ある意味、信念は貫いた人だと思う。


 この人を一度、八王子駅で見かけたことがある。お供もなく、ひとりでカバンを持って歩いていた。

 

 元来「元」首相には死ぬまでSPが付く。(野田・立憲民主党党首の会見の時にもSPが写る)しかし、彼はそれを拒否したのだろう。(直接、拝見したことのある、海部、福田元首相には数人にSPがついていた)

 

 ひとりで人の多い八王子駅の改札へ向かう菅を見て、彼の中にどこか、市民運動の血が流れているのだろうと感じた。今の時代、それが意味があるかないかは判断できないけど。


(元首相でSPを付けなかったことを目撃したのは、羽田孜。晩年は杖をつきながら、良くサントリーホールなどで拝見した)

 昨年口コミ効果?でヒットした「トワイライト・ウォリアーズ」の監督ソイ・チェンの作品「マッドフェイト」が公開中。


 「トワイライト」の3年前に公開された作品。主人子は香港の占い師。この男、人が死ぬのがわかるのだ。

 

 その男を中心に連続娼婦殺人犯の男と刃物のトラウマを抱えるサイコパスの男、さらに事件を追う刑事などの狂気のドラマが描かれる。



「マッドフェイト狂運」★★★☆☆

 

 香港の風景をアンダーに撮影して、狂気の世界を演出する監督の技が見どころ。ただし、話は残酷なシーンが多い。苦手な人には、とてもおすすめできない描写が続く。

 

 この作品、うがって見れば、行き場のない香港を表現しているよう。でも、これは、あくまでうがった見方。そうではないと、楽しめないタイプの映画。

 

 それでも中国本土ではなく、香港映画というのはいい。苦境に立たされる香港映画人。彼のような監督が頑張ってくれないと、香港映画の灯が消えてしまう。そんな思いも込めて映画館へ行った。ささやかな一票を香港映画に!

 25年日本映画は一昨年同様に充実していた。日本映画を継続的に観ている観客としては、ここ数年は世界的に見ても日本映画は充実期にある思っている。

 

 ただし、国際的な評価はイマイチ。これは海外へのアピールが少ないことが影響していると思う。(「国宝」も海外の主要な賞には絡んでこない。カンヌでも、GG賞を始めアメリカの映画賞でも)


 その昨年の日本映画、やはり頂点は「国宝」。

 

 あまりにも話題になったので、この作品を一番に選ぶのは恥ずかしい気もするけど、優れていることを素直に認めたい。

 

 世間的には「国宝」一色だけど、他にも力作、佳作はたくさんあった。

 

 地味な映画としては「金子差入店」。関ジャニの丸ちゃんが主演。しかし、いつも陽気な丸ちゃんのキャラではなく、刑務所帰りの男というシリアスな設定。

 

 差入屋という商売があるというのも驚き。もちろん、そんな商売だから、皆んなワケあり。地味な家族ドラマだったけど、心に残る作品だった。

 

 

 鈴木亮平、有村架純というキャストの「花まんま」も佳作だった。二人とも関西の出身。関西弁が物語にふくよかさを与えている。

 

 

 最近は地方を舞台にした映画でも、主人公たちが標準語を話している。確かに今の若い人は、あまり方言を使わないかも知れないけど、地方なら少しぐらいセリフにニュアンスがあった方が画面に写る風景がいきる。

 

 社会的な問題を扱った娯楽映画としては「フロントライン」も良く出来ていた。あのコロナ禍が始まったクルーズ船の物語。

 

 管轄する役所、現場で対応する医師たち、クルーズ船のスタッフ、乗客。それぞれの緊迫したようすをきちんとドラマに昇華していた。

 

 主演の小栗旬以下、松坂桃李、池松壮亮、森菜々など皆良かったけど、白眉だったのは窪塚洋介。助演男優としては「国宝」の田中泯と同等の、作品への貢献。

 

 

 他には堺雅人の「平場の月」北村匠海の「悪い夏」堺正章がカトリーヌ・ドヌーブと共演した「スピリットワールド」も印象に残る。

 

 そして日本映画最大の製作費を使いながらも、大コケした「宝島」。これも間違いなく力作。でも、作っている側の「熱」が観客に共有できたかは別。

 

 同じく沖縄を舞台にした「木の上の軍隊」も山田裕貴の力演はあったけど、あの戦争の、沖縄・伊江島の熱はあまり伝わってこなかった。

 

 他には広瀬すずが主演した「遠い山なみの光」。原作を読んでイメージできなかった部分が見事に映像化されていた。美術も素晴らしかったけど、何より二階堂ふみの演技。あの不思議な人物を体現化していた。

 

 逆に評価の高さが、自分とは違うな思うのは「旅と日々」。日本映画の脚本を書いているのが韓国人(在日ならわかるけど)という設定はありえない。(しかも彼女ハングルで書いている)そんな映画がどうして高い評価を受けているのか?理解に苦しむ。

 2023年に亡くなった坂本龍一。ガン告知をされた時から亡くなるまでの3年半のドキュメンタリー映画「坂本龍一ダイアリーズ」。

 

「坂本龍一ダイアリーズ」★★★☆☆

 

 亡くなる前には、まるで神様のような扱いを世間から受けていた坂本龍一。晩年は政治的な発言も多く、それを一部の人たちは熱狂的に支持していた。

 

 この映画にも出て来る「原発問題」それに「ウクライナ」。この映画には出てこなかったけど「神宮の森を守れ」問題もあった。

 

 音楽家(アーティスト、エンターテイナー)が政治的な発言をしてはいけないとは思わないけど、影響力がある分、配慮が必要だと思っている。

 

 思いつきで何かいわれても困る。それが個人的な感想。その意味では坂本龍一の晩年の政治的発言には共感できなかった。「原発」も「ウクライナ」も反対というだけなら簡単なこと。

 

 でも、反対を表明するなら、それに対するアンサーをきちんと用意するべき。それが影響力のある人の発言の重さ。

 

 特に「神宮の森」問題には違和感を感じていた。原生林というなら、まだしも、100年前に都会の地に人工で植林された木。それも、明治天皇への敬意を込めた外苑なのだ。

 

 では、坂本龍一は天皇制維持を支持しているのか?そんな意味もなく、単なる伐採反対というの発言に戸惑いを感じた。なので、このドキュメンタリーも観る気はなかった。たまたま、時間があった、それだけの理由で観た。

 

 彼の政治的発言には違和感があっても、音楽は好き。天才的な音楽家だと思っている。この映画でも楽しめたのは、美しい音楽。映画の中でも演奏された「シェリタリング・スカイ」は何度聴いても名曲だと思う。それを映画館の音響で聴けたのは良かった。

  

 ドキュメンタリーの中でも、音楽に対する発言は興味深い。作曲していると無意識にモーツアルトになってしまう、というのは天才だから言えること。

 昨年もたくさん映画を観た。Netflixなどは利用していなので、映画は基本スクリーンだけ。お金を払って観るが基本。やはり、お金を払って、劇場で観るという体験は大切。

 

 もちろん暗闇の中という非日常性も大切だし、最近はシネコンなどでは音も重要なパート。「アバター」などはIMAXで観るのと、普通のフォーマットで観るのでは、ぜんぜん違うのは当然。

 

 普通のフォーマットでも、劇場の雰囲気が好きなのだ。まわりはお金を払って、その時間を楽しもうとする人たち。劇場でどんな客層の人がいるのかを見るのも、劇場体験の一部。

 

 映画批評家などでも、逃した作品を劇場で追う人もいるだろうけど、試写(室)だけで観ていては、本来的な意味での(娯楽としての)映画を観たことにはならないのではないかと思う。

 

 本数を観るだけで価値があるとは思わないけど、それでも、なるべく多く作品を観ることには意味はあると思っている。

 

 そんな数多く観た作品で外国映画のうち、一番印象に残ったのは中国映画「ブラックドッグ」。中国の辺境の町を舞台にした物語。


 主人公は刑務所返りの男。この主人公がいい。寡黙で主人公はほとんど喋らないというのも、実に映画的だった。画で物語が語られる。


 ペキンパーの要素に、フェリー二みたいな詩的なテイストもある魅力的な映画だった。(主人公は高倉健みたい)



 

 この映画についても評判を聞くことはない。すごく優れた映画だったと思うけど、多分、批評家でも観ている人が少ないのだと思う。



 

 アメリカ映画では「ワン・バトル・アフター・アナザー」。ディカプリオも良かったけど、圧倒的だったのはショーン・ペン。次々と発表される映画賞には彼の名前はない。これも不思議。

 1980年代後半、東京ではミニシアターブームが起こった。銀座や渋谷にオシャレなミニシアターが数多く開館して、それまでの大規模な公開映画と違う個性的な作品が紹介されるようになった。

 

 当時、上映される外国映画のほとんどはアメリカ映画だった。しかし、ミニシアターで公開される映画は国籍も多岐にわたっていた。その中でも注目を集めたのが台湾映画。

 

 その中でも注目を集めたのは、ホウ・シャオシェン、それにエドワード・ヤン。そのエドワード・ヤンの遺作2000年の「ヤンヤン夏の思い出」が4Kリマスター版で再公開中。



「ヤンヤン夏の思い出」★★★★☆

 

 名作の評判高い作品なのだけど、スクリーンで観たのは初めて。タイトルとポスターのイメージで少年が主人公の映画かと思ったら、彼の家族の群像劇だった。



 

 ヤンヤンのパパの恋、お姉ちゃんの恋愛、おじさん夫婦の結婚生活などがオムニバスのように描かれる。90年代の台湾らしい群像劇。


 パパは日本の会社と提携するために日本を訪れる。キーマン(演じるのはイッセー尾形)と接触するために東京へやって来るが、そこで初恋相手と待ち合わせる。

 

 二人は台北で再会、彼女はシカゴで結婚しているが、彼の東京来訪に合わせ、シカゴから飛んで来る。そして二人は日本でセンチメンタルな旅を続ける。

 

 同時に語られるの女子学生のお姉ちゃんの恋。隣に住む女の子のボーイフレンドと束の間の恋をする。しかし、彼は、彼女を捨て、元カノの元へ戻ってしまう。

 

 いかにもエドワード・ヤンらしい家族劇。それぞれに少しばかりビターな体験をする。そして、ヤンヤンも淡い初恋を経験。