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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 「オッペンハイマー」でアカデミー主演男優賞に輝いたキリアン・マーフィが主演している「決断のとき」。1980年代のアイルランドが舞台。

 

 キリアン演じるのは小さな石炭会社を経営する男。社長といっても、自ら運転して配達しているような規模の会社。その配達先の修道院で目撃したのは、強制的に修道院の入れられる女の子。

 

 当時、修道院は、ある意味、矯正施設のような役割を担っていた。そこへ強制的にぶち込まれた少女に脱出を助けて欲しいと請われる。

 

 しかし、そんなことをすれば修道院に睨まれる。そうなれば、小さな町では村八分になってしまう。



「決断のとき」★★★☆☆

 

 テーマとしては真面目な作品。でも、この背景が映画を観ている限りは良くわからない。修道院の権威がどれほどもものか、それで追放された人がいるとか、そんなエピソードをはさまないと理解しずらい。

 

 テーマに合わせたのだろうけど、終始画面が暗いのも映画に救いのないものにしている。全体にトーンが暗過ぎるのだ。

 

 キリアン・マーフィは熱演だけど、演出がいまひとつなので、その熱演が空振りしている。大好きなエミリー・ワトソン(「奇跡の海」など)も、この映画でベルリンで演技賞をもらったとは思えない地味な演技。ただ怖いだけに見えた。

 

 それにしても、これが80年代の話とは。アイルランドの旧弊さには驚くばかり。

 国際的に評価を受けている韓国の映画監督・ホン・サンスの新作「自然は君に何を語るのか」。

 

 主人公は30代のカップル。彼女を家まで送り届けるシーンから始まる。「家には誰もいないから、寄って行く?」との彼女の誘いに乗り、彼女に実家に入ると、そこに父親がいた。

 

 父親は彼に会うのは初めて。交際していることも知らされていない。彼のことを知るためにも「ご飯でも一緒に!」と誘う。

 

 彼と彼女の家族とのぎこちない一日が描かれる。

 

「自然は君に何を語るのか」★★★☆☆

 

 いつもながらのホン・サンスの世界。彼氏は有名弁護士の子息。しかし、それを嫌って独立。詩人を目指して裕福ではない生活を送っている。

 

 一日を過ごすうちに、この一家から「値踏みされる」という展開。

 

 ホン・サンスのスタイルはフランスのエリック・ロメール風と言われる。何気ない日常のドラマが自然な演出で描かれる。

 

 この作品を観て、ロメールとの決定的な違いを見つけた。それはロメールのドラマは徹底した個人主義のもとに作られた「個」の映画。

 

 それに対し、ホン・サンス作品は、スタイルは似ているが、やはりアジア的な価値観の下にある集団主義的な映画。

 

 昼には、不在だった母親も合流して夕食になる。酒がまわり本音をぶちまける。


 母親はなんでオンボロ車に乗っているかと、彼に問いただす。(金がないからなのはわかっているのに)


 姉はなんで裕福な父親を頼らないのかと迫る、(そんな父親に頼りたくないと何度も言っているのに)


 そして最後に夫婦で、彼は坊ちゃんで苦労知らずで頼りないと評す。

 

 こういうシーンを見ると韓国は日本よりも旧弊的な価値観にしばられているなと感じる。


 サンスを評価するヨーロッパの人たちはどういう風に見て、彼を評価しているのかが気になった。

 

 フランスのアニメ映画「アメリと雨の物語」。描かれるのは60年代の日本。主人公のアメリが父親はベルギーの外交官、赴任先として神戸に住んでいる。幼いアメリにとって世界は日本だけ。そんな少女の目に映った60年代の日本は。



「アメリと雨の物語」★★★★☆

 

 なんとも不思議。フランス映画でなのにピーナッツの「恋のバカンス」が流れる。60年代の日本がノスタルジックで良いのだ。


 

 フランス映画らしいのは、この赤ちゃんだったアメリの考えが凄く論理的なこと。


 自分を神だと思って、言葉がしゃべれるようななっても、イジワルな兄のことを無視する。


 60年代の日本という設定もいい。わずかながらも戦争の傷あとが残っている。アメリ一家を冷ややかに見る大屋さんの老婆は夫だけでなく、息子も戦争で失っている。


 お手伝いさんは空襲で家族を失っている。しかし、このふたりの戦争への考えはまったく違っている。それがアメリ一家への態度に現れる。


 子供が主役なのに、奥が深いアニメになっているのは、さすがにフランス映画。


 道枝駿祐が主演した「君が最後に残した歌」。ヒロインを演じるのは生見愛瑠。


 物語は高校時代に出会う時から始まる。彼女は、文字を認識できない「ディスレクシア」という病を抱えている、音楽では天才的なメロディメーカーなのに、それを記録に残しておくことができない。

 

 道枝演じる男の子に歌詞をつけてもらうことを強引に頼む。そして、ふたりは曲を完成させる。それが思わぬ成功に糸口になって。



「君が最後に残した歌」★★★★☆

 

 予告編を何度も見たので、彼女は文字の障害をもっていること、彼がその助けをすること、彼女が難病で死んでしまうことはわかっていた。

 

 ある意味、典型的な難病もののお涙いただきます的なアイドル映画だと思っていた。それでも観たのは音楽担当が亀田誠治だったから。

 

 彼が関わった音楽映画としては、佐藤健と大原櫻子が主演した「カノジョは嘘を愛しすぎている」がある。これも音楽業界を舞台にした映画。大原櫻子がブレイクして、亀田誠治はレコード大賞編曲賞を受賞した。

 

 それ以来、映画には数多く携わっているけど(大ヒット中の「ほどなくお別れです」などなど)直球の音楽(業界)映画は「カノジョ」以来。

 

 そして監督は、その「ほどなく」の三木孝浩。恋愛映画の旗手。この映画でも手堅い演出。主演の道枝と生見の一番いい部分を引き出している。


 その意味で、この上ない正統派アイドル映画。

 

 秩父宮ラグビー場に10年ぶりで行った。「東京サントリー・サンゴリアス」と「埼玉パナソニック・ワイルドナイツ」のリーグワンの試合。


 今まで秩父宮で見たのは、すべて大学リーグ戦だったので、プロの試合は初めて。



 

 売店も多く、入場プレゼントもあって、なかなかに華やか。


 

 初夏のような晴天の下、試合は終始、サントリー・サンゴリアスがリードする展開。



 しかし、パナソニック・ワイルドナイツが最後に追いつく展開。前半もリードされていたのに終了間際のトライで14-14のタイで終了。


 後半はもっと劇的。終了寸前にサンゴリアスが34-31でリードしていたのに最終盤でワイルドナイツがトライで大逆転。


 34-36で終了。野球で例えば、9回2アウト満塁で逆転したようなもの。どちらのファンでもないのに興奮した。


 ラグビーの面白さを堪能。リーグワンのレベルの高さを認識させられた。



 日曜日の朝の定番的トーク番組「ボクらの時代」。芸能からスポーツ、文化人までさまざまなジャンルの人々がフリーなトークを披露してくれた番組。

 

 この3月で19年の歴史が閉じられる。なんとももったいない。そんなに製作費がかかる番組ではなかったろうに。それに、これほど出演者に「出たい」と思わせる番組はないのではないか。

 

 特に俳優が映画公開にあわせて駆り出される宣伝を兼ねた番組としても、これほど動員につながる番組はないと思う。それは、この番組の視聴者が、たんなるおふざけのトークなどを期待していないから。

 

 普段見せることのない俳優たちの素顔に触れ、作品や仕事に対する思いを知ることのできる貴重な場だから。

 

 今のテレビはバラエティ全盛で、朝から深夜まで、お笑いタレントが幅を利かせている。番組だけでなくCMでもお笑いタレントばかり。

 

 もし、映画の内容、興味を伝えるために、そんな番組に出演しても、いくらキムタクを使ったとしても、その番組の視聴者が映画館へ足を運ぶ率は少ないはず。だって興味はまったく違うところにあるのだから。

 

 そんな中ストレートに作品、俳優に興味を持ってもらえる貴重な番組だった。(逆に内容のないタレントが登場すると、その中身のなさが丸見えになる怖さもあった)

 

 この番組、色々な名シーンがあったけど、一番印象に残っているのは「国宝」の李相白監督が登場した回。

 

 「国宝」でも組んだ美術監督の種田陽平と李作品「フラガール」で主演した蒼井優とのトーク。その時の作品は「悪人」。蒼井優は違う映画で同じ九州で撮影をしていたので陣中見舞いに行ったそうだ。

 

 クランクインして1週間なのに、現場はドーンと重たかった!と笑った。それを聞いた種田陽平は「まだ若いからいいけど、このまま行ったら潰れるよと」警告。でも「国宝」のパワーはその李監督の潰れる寸前まで行く覚悟の結果だった。

 

 最終回に登場するのは、この番組のナビゲーター小林聡美。オーラスの登場!片桐はいりと市川実和子とのトーク。そこに、もたいまさこがいないのは、くれぐれも残念!

 

この3人!

 アニメ映画「パリに咲くエトワール」。20世紀初頭に画家になる夢を抱きパリにわたる女の子の物語。


 主人公の女の子は山の手の裕福な子女。父親は建築家、兄二人もエリート。そんな環境で育ちながらも、女は結婚すればいいという考えの家族に抵抗する。

 

 調子だけはいい叔父が、パリに画廊を開くことに便乗してパリにやってくる。そして、もうひとりパリにやって来た少女。彼女はなぎなた一門の娘。なぎなたを国際的な競技にするためにパリで道場を開く手伝いをしている。

 

 実は二人はフランスに渡る前に、横浜でニアミスをしている。横浜で開かれたバレエ「ジゼル」の公演で遭遇しているのだ。映画はこのバレエのシーンから始まる。

 

 パリで再会したふたりの女の子。さて夢は叶えられるのか?

 

「パリに咲くエトワール」★★★★☆

 

 実写で作れば、膨大な製作費が掛かりそうなエコール・ド・パリのお話。映画では描かれていないけど、20世紀初頭は万博の影響で日本が注目の的だった時代。そんな時代を背景にしている。

 

 この20世紀初頭のパリの風情がいい。こんな時代にパリに行ってみたかったと思うようなパリの全盛期。ピカソもマチスもモネもルノワールもいた時代。

 

 そしてオペラ座で、ニジンスキーがディアギレフの振り付けでストラヴィンスキーの「春の祭典」を初演した頃。この映画でも、伝統的なフランス・バレエと革新的なロシア・バレエの対決が背景に描かれている。

 

 そんなパリの黄金期に、ひとりは画家を目指し、もうひとりはバレエの世界での成功を夢見る。

 

 一見、少女向けのアニメの体裁だけど、しっかりと20世紀初頭、第一次世界大戦までのエコール・ド・パリが描かれているのだ。まさに、あの時代にタイムスリップしたような気分。

 学校の先生が地球の崩壊を救う映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。地球の命があと30年とわかり、それを救う物質を抽出するための宇宙プロジェクトが計画される。

 

 そのプロジェクトにライアン・ゴスリング演じる学校の教師が参加(させられる)。さて、彼は地球を救うことができるのか?という物語。

 

「プロジェク・ヘイル・メアリー」★★★☆☆

 

 相当に評判は良く好意的な意見ばかり目にした。個人的には苦手な話。始めから絶対に彼は成功して生還する流れが見える。今回の目玉は地球外生命?の岩の塊「ロッキー」の存在。

 

 彼は違う星から、同じ物質を探しにやってくる。まるでシングル「アルマゲドン」+宇宙空間版「ET」なのだ。それを時系列を交差して意味あり気なドラマにしている。

 

 ちょっと苦手な展開の映画。そもそも、なんで地球の命が30年で終わるのか?という設定が、この映画を観て理解できなかった。映画を観ている間、これを理解できない自分はバカなのか?と思っていた。(原作を読んでいる人に聞いたら「映画は相当はしょってるね」と言っていた)

 

 なんで、それが一つの物質で地球を救えるのかも?のまま。それがなければ「地球は救えない」それが出来るのは「彼だけ」と映画は進む。

 

 雰囲気重視の映像、セリフ。この気取りも好みではない。そもそも「地球を救う」映画って苦手。「アルマゲドン」も苦手だった。

 

 ライアン・ゴスリングは好きな俳優。この映画でもいい味を出している。それでも、この映画が好きにはなれない。単に好き嫌いの次元の問題だけど。

 大正、昭和に自由主義者として生きた孤高の女性を描いた「金子文子・何が私をこうさせたか」。

 

 映画は韓国併合の独立運動のシーンからば始まる。韓国で育った主人公、金子文子は、この独立運動に共鳴している。

 

 舞台は変わって東京。彼女は皇太子の暗殺を計画した「国家反逆罪」で裁判を受ける。そこで「死刑」の判決を受けるが、彼女はその場で「万歳」をする。

 

 国家から殺されるなら本望だというのだ。彼女のそんな姿に世間の支持が盛り上がった。政府は、それは見逃せないと「天皇からの恩赦」で「無期懲役」に減刑。

 

 彼女は宇都宮の刑務所に収容。所長は「減刑」した陛下に感謝文を書けと強要するが、刑罰を受けても彼女は断固拒否する。

 

「金子文子・何が私をこうさせたか」★★★★★

 

 どんなに厳しい罰を受けても自分の信念を変えない女のしなやかな強さを菜葉菜が熱演。今年の主演女優賞の有力候補。

 

 大正時代に花開いた自由思想は関東大震災をさかいに国家から弾圧を受ける。この金子文子は、韓国で運動家・朴烈と知り合い、彼に共鳴する。アナーキズムから運動を始める。

 

 しかし、彼女は結局、無政府主義という形から個人主義に傾いていく。この考えに共鳴した。


 自分がフランスに心惹かれるのは、かの国が徹底した個人主義だからだと思う。こういう考えは自分に近いなと感じた。


 日本人は、ともすると全体主義に走りがち。今の世の中も、民主社会主義みたいだなと感じる。


 個が曖昧で、会社とか、学校とか、集団とか、そういうものに寄りがち。個人的にはそういうものに息苦しさを感じている。

 

 その意味で彼女の意思の強さには敬服する。でも、あれほどにストレートに生きれば、やはり生きづらい。それは昭和初期でなくても、今でも同じ。

 

 結局。彼女は23歳で獄中で自死。しかし、行動を共にしたと思っていた韓国人・朴には裏切られた。


 彼は政治的な転向をして1970年代まで生き延びたそうだ。それでも、自分の信念を貫いた彼女には後悔はないのではないか。

 

 

 

 オスカー受賞の名優ベン・キングズレーが主演している「カミング・ホーム」。キングズレーが演じているのはペンシルバニアの田舎町にすむ老人。


 ある日、彼の家の裏庭にUFOが襲来する。あまりの予想外の出来事に、彼は誰にも言えない。


 娘は父の不審な行動が認知症なのではないかと疑う。


「カミング・ホーム」★★★★★


 自宅の庭にUFOが飛び込んで来るなんて、突拍子もない話を上手く家族のドラマにまとめている。老人版「ET」。


 「老い」というテーマを軽いコメディに仕上げたのは監督の手腕と、キングズレーの間の良い演技。


 この映画をハートウォーミングな作品として宣伝した日本の配給会社の方針は正解。


▲アメリカ版のポスター。内容には忠実だけど、なかなか観る気にさせないデザイン。


 老いることへの恐怖。それがテーマ。これは誰にも避けられないこと。主人公は娘に心配されても自分では認められない。


 友人のばあさんに「その時が来るまで、人生楽しまなきゃ」と言われて納得する。それが物語に絡み、UFOの大冒険になる。


 90分に満たない小品のコメディ。でも、昔はこんな良心的なB級アメリカ映画があった。そんな時代を思わせる映画。