息子達は、自然の中で育ったと思う。
極端なことをいうと
小学校入学まで、「お勉強」という座学はしていなかったおかげで
入学後に、配られた教科書を
大興奮でひらいて
そのあと、学校のせんせいから
えんぴつのただしいもちかた、なんて教わって
本気で喜んでいた。
文字、との出会いがすばらしいものとなったようだ。
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この話題も、何度かブログに書いたけれど
夫と、私で
息子たちには、できるだけ長い期間、
文字のない世界にいさせてあげよう
って。
これ、本当に大事にしていからね
文字のない世界。
いずれいやでも文字をしって
読み書きできるようになっちゃうよね・
文字が読めないから、絵本だって、
自由に、思うようにながめて自分なりに読んでいたり
「聞く」を熱心だったり
もじって読めなくても、
図書館は週に2^3回は通っていたもの。
それで、毎回、7冊ずつ(自分が持てる量ね)&横浜市の借りられる上限ね
ウキウキ借りていた。
つまり、文字が読めなくても
「読みたい本」は自分で選べるし
「欲しい本」もわかる。
7冊、という数字はよくわからなくても(わかっていたのかな?)
自分で持てるならいいよ、という量を
自分で決められるのだ。
そう
文字のない世界にずっといたけど
すごく贅沢な世界だよね。文字にさゆされないで絵本を選ぶんだから。
まあそんな感じにして小学校でしっかりひらがな、
カタカナを覚えて
漢字も、どんどん勝手に読み書きできるようになっていったんだと思う。
全部先生のおかげ。
まあ、文字のない世界を息子たちは覚えているのかな?
文字に限らず、
なんだろう?
こうやって書くの?
伝えたい、知りたい、
が先にあれば、勝手に子どもは自分でできるようになっていくんだよね。
興味がないなら
そのうち、興味出るでしょ。
ま、やりたくない、というのは、また別だよ。
こどもを、よく見ていたら
わかるんじゃないかな。