ブロ友さんら数人が、上のyahooニュース記事に関して記事を書いておられた。
私は記事を途中までしか読んでいないので、これに関する「意見」とか「考え」ではなく、「バイトで注意されただけで辞める」という言葉で思い出した――ただの「思い出話」を書いてみる。
 
会社(仕事は「進学塾で教えること」つまりは塾講師なのだが、その塾が「学校法人」ではなく「株式会社」だったため、身分は「会社員」だったのだ、非正規の)を辞める前の数年間のしょーもないトラブル・ゴタゴタについては前のブログに詳述した。そこにも書き記した1エピソードである。
 
会社は突然に、我々年間契約の「専任講師」に対し、50歳定年制を申し渡した。バブル期の入社であり、労働者にとってもいわば例外的な好景気の中での「好待遇」、この「お気楽な日々」が当たり前であり、ずっと続くものと勘違いしていた我々甘ったれた能天気な「高学歴プア」の面々にとっては、まさに青天の霹靂であった。数年して私も50歳に達し、今までの「やりがいある」学習・進学指導の現場から否応なく外され、嘱託社員として新たに与えられた仕事は、個別指導部門で生徒を教えるバイト大学生らの管理(雇用・教育・授業スケジュール管理・給与関係等)。以後、上司と喧嘩して辞表を出すまでの2年半は、今までとは異なりストレス満載のユーウツなサラリーマン生活となった。まあ、こういう記事↓でも扱われる、よくある話だけどね。
 
ただ、私の場合、幸運にも遅ればせながら46歳で物書きデビューでき、そちらのほうからの収入も当てにできたので、同僚のお仲間講師たちほど窮地に追い詰められていたわけではなかったのだが・・・ともかくそんな中でのエピソード。
 
ある日の午後10時ごろ、指導報告書を書き終えたバイト大学生M君は、ムッツリといかにも不機嫌な表情でツカツカと私のデスクの前まで来ると、デスクに叩きつけるようにして報告書の束をバサリと置き、「僕は辞めます!」と言うと、唖然としている私を無視し、退社の準備をすべくバックヤードの準備室へと去っていった。
 
その教室は、私が嘱託社員に職種変更され「バイト学生管理」の閑職にまわされて以来、二つ目の教室だった。一つ目の教室では、慣れない仕事に当惑はしたものの、バイト学生たちとの関係も良好で、とくに問題はなかった。しかしこの二つ目の教室は違った。前の年、この学生管理の仕事をしていたのが、当時の教室長だった。教室長の権限でもって、この学生たちをえらく優遇していた。ありていに言えば「甘やかし放題だった」。学生たちも「そういうもんだ」と理解していたのだろう。管理者が私に代わり、「普通の」管理体制になったことに不満を持った。その不満は、露骨なまでの彼らの態度から、鈍感な私にも伝わる。非常にやりづらかった。かといって前年の「なれあい」体制に戻すことはできない。とりわけ事務社員たちは、前年の教室長の学生らへの「甘々」待遇のシワ寄せが自分たちに来ていたので、その不満と鬱屈をたびたび私に話してくれた。
私は「特に厳しく」学生らに接したわけではない(むしろ私自身もどちらかと言えば「甘々」になってしまいがちな人間なのだ)。ただ当たり前の仕事を当たり前にやること、時間もきちんと守ること、程度のレベルを求めたにすぎない。しかし和気あいあいと協力して楽しく仕事ができた前教室とは異なり、どうやら学生たちは結託して「ウザったい新管理者」の私に対し、反発する気運になっていたようで、中でもM君が急先鋒だったわけだ。
(まあ辞めるというものは仕方がない・・・)正社員や現教室長に相談してみても、偏屈者のM君の印象は前年から良くなかったようで、「かまわないよ○○さん、あんな奴、クビにしちゃいなよ」との意見だったが、とにかく、急に彼が来なくなってしまったら授業スケジュールがパニックになるので、できれば年度末まではいてもらいたい。だから私もなるべくぶつからないようにはしたが、M君の中には不満が鬱積していたらしく、ことあるごとに私に絡んできた。
ある時、廊下で立ち話になり、なぜかM君が激昂したため、私もゆずらず、生徒たちが行きかう廊下で(笑)互いに唾を飛ばさんばかりの大激論になった。実は私は、「怒った顔が想像できない」と言われるほど温厚な人間なので、(殴り合いを除けば)後にも先にもここまで真っ向から他人と正面衝突したことはない。
ともかく大激論だったわけだが、途中、「前年の○○先生(前教室長)の時には、アレはこうだった。コレはこうだった。それなのに云々」と、眉を吊り上げて具体的な不満を吐き出してくるM君に対し、私が「それは○○先生が正社員だから融通がきいたんだ。つまり規定違反をこっそりと誤魔化すことができた。君は俺ら職員の職務区分については知らないだろうけど、俺は年間契約の非正規社員講師。しかも今は定年後の嘱託社員の身分だ。そんな俺が○○先生と同じことをやったら、即クビ――クビだよ」と内輪の事情みたいなことまで打ち明けて首を斬るジェスチャーしてみせた時、私がこの教室に異動して以来一度も笑顔を見せたことのないM君が、フッと口元をゆるめたのだった。
(アレッ)と思った。そこから、急にM君の声が小さくなった。怒りの口調だったのが「泣き言」みたいになった。トーンが変わってきたな、と思ったら、「僕をクビにしてください」とM君は言った。「僕、ウツ病なんです。頭が変なんです」とヒステリックに言い、髪の毛をかきむしる仕草をした。驚かなかった。(ああ、やっぱり・・・)という感想だった。友人のNがやはり重いウツ病で、そのNとこのM君はとても感じが似ている。おそらく一時的に精神の平衡を欠いていて、それにバイト業務での不平不満が重なって「爆発」してしまったのだ。そんな繊細な若者のことを、もう悪く考えることはできなかった。
 
その日以来、M君の態度は明らかに変わった。
ある日、私がバックヤードに一人でいた時、M君が入ってきて
「あの・・・いろいろすみませんでした。僕が間違ってました」
と言って深々と頭を下げ、「よければ、仕事もこのまま続けさせてください」と言った。とても潔い態度に思えた。
その数ヶ月後には、M君は私に打ち解けた態度をとってくれるようになり、就職の悩み(早大文学部の彼は、本当はプロの小説家になりたいのだけど、とりあえず一般企業に入社する。小説を書くこととサラリーマン稼業と、どうやって両立していけばいいだろう?みたいな内容)も打ち明けてくれるようになった。
まるで(私に対して)別人のようになったM君に、一度からかい半分に言ってみたことがある。
「以前はずいぶん俺に反発してたよねえ(笑)」
すると彼、ニャッと笑って言った。
「ワナビは嫉妬するもんなんですよ🤭」
 
あー、そうか・・・と思った。
物書き業をしていることは、ずっと会社には(もちろん)内緒にしていた。副業どころか、「会社のほうが副業」状態だったのだ。だが嘱託に職種変更してからは、もう会社員としての先は知れたものだし、万一会社にバレてお咎めを受けることになったとしても、それはそれでかまわないや、と達観?してきつつあったので、ごくごく稀にだが、仲のいい人には打ち明けたり(というか、うっかり洩らしたり)するようになっていた。そういえばこの教室に異動になって間もない頃にも、たまたまバイトの女子学生の一人が雑談の中で「小説書いてます」みたいなことを言った時、「あ、俺も書いてるよ」とつい、物書き業をしていることを明かしてしまった。それが知らぬ間にM君にも伝わっていたのだろう。彼のあの過剰な反発の中には、いくぶんかそれが影響していたのかもしれない。その私は私でその翌年、上司と衝突し、20年以上勤めていた会社を辞めることになった(苦笑)
 
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