前回、義母が施設内でマグカップでコーヒーを飲む自由すら失った話を書きましたが、そうなってしまった経緯、背景について記したいと思います。決して身内の恥をさらす趣旨ではなく、大変失礼とは思いますが、義母のふるまいを他山の石として、私自身も将来施設に入る際には「他人の言うこと(ルール)を受け入れる」「妥協して我慢する」よう心がけたいと思っているからです(まあ実践は難しいでしょうけど😓)。

 

義母は暴言や暴力は皆無で基本的に温和で社交的な性格ではありますが、我が強く、(医療関係者や介護従事者など)現場のスタッフに対して極めて高い水準を要求するきらいがあります。そして自身に対する認識は甘く(自信過剰気味)、他人に対する評価は厳しい印象です。

 

施設に入居する際に、「クリーニングが必要な衣服は持ち込まない」というルールがあったそうですが、義母はこれを絶対に受け入れようとはしませんでした。洗濯が必要な衣類は部屋のカゴに入れておけばスタッフの方が回収し洗濯してくれるシステムなんですが、義母は「これはクリーニングが必要だから」と言って洗おうとしないようです😓。そうしてクリーニングをしてくれない施設に対して不満が募っていると推察されます。部屋の掃除にしても同様です。長く自身が掃除の仕事ををしていたためか、スタッフの掃除に対して不満があるようです。洗濯も、掃除も「自分でやるから何もしないでくれて結構。」という姿勢のようですから、スタッフさんが不快に感じても仕方ありません。それでいて自身の発言をすぐ忘れてしまいます。そもそも、毎日「明日には退去するから。働いて一人暮らしするから。」と息巻いていますから、困ったものです😑。

 

妻が義母を称して「ルッキズムの人だから」とよく言っています。義母は若いころは容姿端麗だったようでして(今度写真を是非見せてもらいたい😑)、妻は幼少時から外見、容姿のことでは相当厳しいことを言われて傷ついていたようです。なので、義母は装いには絶対の自信を持っており、衣服にもこだわりが強いのでしょう。プライドが高いことは悪いことばかりではありませんが、度が過ぎると弊害も大きいです。「諸行無常」を認識すべきではないでしょうか。

 

認知症患者の問題の根本的な原因は、「自身が認知症であることを認識できないこと」にあると思います。皆がそうなるわけはないのでしょうが、自分に自信がある人ほどそうなってしまうような気がします。私も気を付けないといけません。客観的な視点で自らを見つめることは重要ですね😑。