うしろのしょうめんだあれ | ついてる◎kanyaのブログ 【これでいいのだ♪ヨガなのだ♪】

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日々是好日―――嬉しい事があった日も、嫌な事があった日も、それは二度とくり返すことのない大切な一日。


前記事の関連で。




( ・(ェ)・)




自分自身の意識の中で


今年いちばんのキーフレーズは




・うしろの気配を感じる




かなあ・・・やっぱ





ずーーと、ずーーと気にしてる。





わたしたちの、感覚器官としての眼は


頭部の前面、つまり顔についてるから




どうしても、意識は前に行きがち。




前に



前に



前へ



前へ




どんどん、どんどん・・・





日常の時間の扱い方が


ますます、忙しくなるばっかりの現代人の生活。




ならば、なおさら


前に、前へと、意識のベクトルは動く。




頭、顎が前につき出る。


前重心になる。


前かがみになる。


骨盤が後傾するので、前に押し出して立つ。





前に



前に



前へ



前へ




身体だって、生き方だって


前のめり、前倒し、


力みっぱなしか、逆に力入らない状態。





ああー



もしかして、生き急ぐの?





先を見たいの?



誰かを出し抜きたいの?





それとも


何かに追われてる感じ?




で、前しか見れない?






*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆





眼が・・・




後ろにもついてたら、良かったのにな。



と、しばしば思う。



( ・(ェ)・)





身体のパーツは


かなりざっくり捉えればだけど、



左右は、ほぼ対象。




左右の軸は、比較的探りやすい。


重心を見つけやすい。





けど、前後はどうよ?





難しいよね・・・(´□`。)





長年、自らの体癖による身体の使い方やら


思い込みで縛られてて




でもって、眼は前についてるし。





レッスンでは、




「後ろの気配を感じる」



「後頭部から、背後の空間を感じとる」




などど、たびたび口にしてたけど・・・






自分自身の毎日の意識では、


もうひとりの自分を


背中に貼り付けてみることにしたの。




背中合わせに。




仙骨から、後頭部までぴったりと。





そうすれば、



前後の真ん中ラインで切り分けても


対称になるでしょ?





うん、うん、妄想族ですからー(笑)



割とそういうの、はまりやすい。







他人には、ちょっとおかしく思われて



引かれてしまうかもなので



レッスンでは、さすがに使えないな・・・( ´(ェ)`)





どうかなあ?






プラクティスとしては、




うしろの、もうひとりの自分が


苦しがっていないか?辛くないか?




を、できるだけ考えて身体を使うように


意識すること。





つまり、うしろの自分に


「思いやり」を持つこと。





こちらが力んでしまって、


前に引っ張っり過ぎちゃうと


辛いでしょ?うしろの自分。




かと言って



頼りすぎちゃって、寄りかかりすぎちゃって


重たい、ウザイやつになるのも嫌だし。




あ、これも


うしろの自分にとってね(笑)





うしろの自分と


取り巻く空間を共有しあえば


目線が変る。



身体的、さらには精神的な視野が広がる。




うしろの自分がいれば


ひとりぼっちじゃない。




こちらがリラックスすれば


あちらもリラックスできる。




うしろの自分は


「今ここ」に、わたしを見つけてくれる。






*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆





「かごめ、かごめ」って


歌詞が不思議すぎる。




「後ろの正面だあれ?」





問いかけの答えは




ひょっとして



背中に貼り付けた、


もうひとりの自分?




うしろの自分のことかなあ?





( ̄^ ̄)DASH!




うしろのしょうめんだあれ。








ナマステ☆