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내한국 私の大好きな韓国☆

2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분


 ゴミの仕分けは共同で住んでるときは、最重要ポイントだったりする。みなさんはティッシュは何ゴミに分けるのだろうか?私は종이(チョンイ:紙)というところに捨ててしまった。しかしこれはふつうごみ(燃えるごみ)のところだった。常識がない私を許してほしい。

 コシテルで、同じ年の九州からワーホリで来ている方が化粧品のセールにいくというのでお供した。エチュードハウスというお店でuplexの、パリバケの隣にある人気がある通りでお店に入ると女子がたくさんいた。初めて来たので初めて見る化粧品だったが、女子が好きそうなデコレーションと色と、香りが漂っていた。折角連れてきていただいたので何か買おうと見まわしてみた。セールになっていた除光液を20%offで買えたのでラッキーだった。

最近は少し落ち着いてきたので、コシテルで料理をしてみた。소야(ソーヤ:ソーセージ&野菜炒め)でキャベツともやしと、スパムを買った。


最後は、近くにいたあの九州の同じ年の方が菜ばしを握っていた。




共同生活をするということは結構大変なこともある。
내한국
안녕 여로분

新大久保で日本語を教えていた時の生徒さんとは、日本にいる時も結構ご飯を食べたりしていて仲良かった人も結構いた。隅田川の花火大会へ行ったときは、駅を上がった瞬間京都のかわいい飴がきれいに並んでるお土産を思い出した。少しも動かない状況だ。しかし1人も迷子にさせずに吾妻橋を越え、みんなで切ってあるスイカを食べ楽しかったことも今では懐かしい。

その時の1人でホジンという生徒さんがいた。私も手探りで始めた日本語会話の先生で、教え方も上手ではなかったのによく通ってくれて私も励んだことを覚えている。その彼から急に連絡があった!


先生が韓国がいやになって日本に帰っちゃう夢をみたという内容だった。


キュンキュンしてしまうような発言で、心からうれしかった!そして종로(ジョンノ:鐘路)で会うことになった☆なんだか知り合いがいないと思っていたのに、みんなが結構気にかけてくれるのでウキウキでワクワクの気持ちが渡韓前のような感じに蘇った。


今まで見たことのない삼겹살(サムギョプサル:三段腹豚焼)をお餅をまいて食べた!


さすが韓国で食べるサムギョプサルは최고(チェゴ:最高)だ。


そのあと청계천(チョンゲチョン:清渓川)をお散歩。



人の温かい心でもう1度元気を取り戻せた1日となった。
내한국
안녕 여로분

 南山で道に迷った時に、助けてくれた大学生のソラちゃんと彼のデソンちゃん、ソラちゃんの知り合いの오빠2人と韓国で飲み会を開いてくれた。お互い外国での生活の楽しさと、辛さを分かり、外国語を学ぶことの難しさや、共に異文化に触れ理解することで葛藤を覚えたこともあったが故、何も言わず涙がこぼれた。


日本で彼らと毎週末集まり、料理をしたり、お酒を飲んで色々話あってたとき、友達と同じ時間を過ごしていても寂しさが急にこみ上げることがあり、泣いてしまう人もいた。


家族や、友人、恋人のことを思うと寂しくなるのは、当時は日本より韓国の人のほうが多いと感じていた。なぜなら、情が熱く、繋がりが深かったり、人と人の関係がとても近いように感じたからだ。しかし今考えると人が生きていくうえで寂しい気持ちを感じるのはみんな同じだと考えるようになった。

同じような経験をしたことがない方は、簡単に想像がつかないかもしれないが、ついこの間もアルバに向かう2号線の中で号泣してしまった。寒さと、むなしさと、寂しさがいっぺんに襲ってきて、自分ではどうにもできなくなる状況だった。


そんな時には、同じ経験をした人に淋しいという気持ちを聞いてもらい、共感し、心を落ち着かせてから、またいつもの生活にもどっていったのだった。そんな一緒に涙を流してくれる友達がいて心からありがとうといいたい。今はそれぞれ離れ離れだが、またいつか会えたら懐かしい話をしてみたいと思う。

それに泣くことはストレス発散にもいいことで、とてもスッキリする。もしつらい思いがある時はみなさんもおもいっきり泣いてみたらいいかもしれない。



おいしい찐빵(チンパン:蒸パン)日本のあんまんみたいなかんじです。


夏でも売ってるチンパン☆