안녕 여로분!
母から何気なく聞きながら話せるようになった日本語だが、特に優れているわけでもない。
英語も中学校、高校、大学と10年も勉強するチャンスがあったはずなのに英検2級だ、しかし韓国語は、日常会話なら不自由ない程度に、あの1年でできるようになった!
大学は英文科を専攻し、ドイツ語を第2外語、ふたつとも中途半端で何も身になっていない、4年の1年間は学校にある全ての語学を勉強した。少し変わっているかもしれないが、当時テニスのキャンパスクルーという大学生なら入れるサークルに入っていて、様々な外国の友達に出会い話をしたいという安易な理由だった。
1年間だけだったが、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語を学ぶことになる。
スペイン語はローマ字読みで、日本人の先生で比較的優しい和気あいあいのクラスで、夏休みには娘さんの面倒をバルセロナで見るようにと教授に申し込まれたのに、バイトがあると断った!なんともったいないことをしたと今では思う。「gato negro(ガトネグロ)黒い猫」この単語しか思い出せない。
フランス語は、入門ではなく会話を選択。本当に勉強することが大変だったことを覚えているが、優秀な学友となんとか1年間やりきった。それもキャンパスクルーで知り合った先輩の友達で、電気企業に研修に来たフランスの人の中にヴィヴィアンという26歳の男性を好きだったからだ、しかし日本語しか話せない、カラオケで「ど根性がえる」を歌う逞しい女性に負けて何もできなかった悲しい思い出。貿易事務に就職したとき英語の名前が必要ということでヴィヴィアンヌと名乗ったのはこの人が由来。実はフランス語!lol
中国語は、中国の厳しい先生で週に2回ある授業だが、1課毎進み、毎回会話の授業がある。「这个多少钱?(Zhège duōshǎo qián)これはいくらですか」チンプンカンプンで茫然する日々だった。学生は私を含め2人、1人が休めば家庭教師、手は抜けない。単語も簡単な文もこの後中国の会社で4年程働く時に役に立つ。
韓国語について、舞台女優?出身の韓国人の教授はいつもたのしく屋外の階段で授業を受けたり、歌を歌ったり、ちぢみを焼いたが、「안녕하세요(アンニョンハセヨ)こんにちは」この単語も書くこともできなかったが、今でもあの時の歌や楽しかった思い出はすぐに頭に浮かぶ。語学は教える人によって変わるのだろうか?後々飛躍的に伸びる語学となるとは思ってもみなかった。
続く
写真* 韓国では珍しくないカップルティー(お揃いのシャツ)
