鬼頭工業 30年の歩み 300こうしたなかで、当社は6月吉日、社長以下全役員が出席、細谷工場の起工式を行った。工事は急ピッチで進み、12月までに鉄骨スレートぶき6,791.44平方㍍(現溶接機工場)を完成、溶接治工具、専用機、ボデーゲージ、型自動化部品、鋳鍛圧設備、機械治具関係の設計製作部門が先ず移転した。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 299細谷工場の竣工 昭和43年、トヨタ自工は月産10万台(注、昭和43年10月達成) 体制の布石としての高岡工場の増設工事を3月までに完了、7月には部品 供給拠点としての三好工場が竣工した。わずか2年5ヶ月という短期間に 生産能力を倍増、この年の年間生産台数は100万台を突破した。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 298責任の所在を明確にするという長所はあるが、製造部内における協調をいっそう強化、推進するという側面でみると、欠点のあることが判った。かくして、貴重な教訓を身をもって体験するなか、昭和51年(1976年)11月、事業部制を廃止し、従来の組織にもどした。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 297この事業部制の導入は、立ちあがり大きな成果をあげた。しかし、企業体のなかに複数の企業があって、しのぎを削るという思想には問題もあった。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 296洗浄機、自動化装置、製罐設備を中心とする専用機事業部、溶接機、溶接治工具を中心とする溶接機事業部は、それぞれ営業、技術、製造の各課で構成、総務部は管理課を包含、購買から支払いまで一連の業務を一括処理、原価管理体制を向上することにした。また新製品の研究、開発により力を入れるため、開発室を独立した。鬼頭邦常務と矢嶋取締役が専用機事業部、井川、吉兼両取締役が溶接機事業部のそれぞれ担当役員として指名された。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|