別れる人に…花の名を一つは教えておきなさい
マリーゴールド
この花には良い印象と悪い印象の花言葉が混在する。一つは、可憐な愛情。聖母マリアの祝日に咲いたとされ、神聖な花と讃えられている。そしてもう一つが、嫉妬である。
昔、太陽神に恋い焦がれたカルタという少女がいた。愛しすぎるがゆえに、ただずっと太陽をみるだけの生活を続け、ついにはやせ細り肉体までもが滅び、その魂は太陽に吸い込まれていったという。この花が太陽の花嫁ともいわれる所以である。
僕は可憐な愛情を携えた花嫁を永遠に手に入れた太陽のような君に嫉妬せずにはいられない。

ペチュニア
名の由来はブラジルのグアラニ語で煙草を意味する「ペチュン」。ペチュニアの葉を煙草に混ぜて吸っていたとも伝えられている。花言葉である「あなたと一緒にいると心が和らぐ」は、煙草にちなんで生まれたものなのだそう。
愛煙家の人にとっては一服すると、ホッと心が和らぐもの。というか、あの頃は君の笑顔に和らいでいたのかもしれない…なんてww よく3階の喫煙室で二人弾んだ会話を今でも覚えてるよ。あなたが吸っていた銘柄はもう忘れてしまったけれども。

タチアオイ
心もて光にむかふあふひだに 朝おく霜をおのれやは消つ
源氏物語「藤袴」にみられるこの歌に詠まれている花は、真っ直ぐに伸びた茎に薄紅や白の花をつける立葵と推測されている。これは美人ゆえの苦悩もあるという…思うに任せぬ我が身を訴えた歌なのであるが、その心持ちは想像だに出来ない。
歴史的仮名遣いで葵は「あふひ」と書く。そのため「逢ふ日」と掛詞になるこの花は古来より和歌に好んで詠われていたそうである。花のように美しいあの御方としてあらわされている次の歌も茎が直立する立葵とみられている。
中々に花の姿は他所に見て あふひとまではかけじとぞおもふ

サルビア
もともとの語源は、「セージ」のラテン古名であるsalvare (治療)salveo(健康)からきている。女性はセージの花で占うと、未来の夫がみられるとの言い伝えもある。
そして、セージとはギリシャ神話に登場する美しい妖精の名でもある。その妖精に一目惚れした人間の王は結婚を申し込むのだが、妖精は人間を愛すると死んでしまうという事実を知らなかった。
はじめて人に愛された妖精は幸福な想いに満たされ、共に城に向かう道すがら微笑みながら息絶えるのである。その後の王の悲しみはいかばかりだったろう。それはきっとあの時の君のように。

千日紅(センニチコウ)
千日とはおおよそ3年。恋の賞味期限は3年なんて言葉もあるが、色あせることを知らないこの紅い花の花言葉は「変わらぬ愛」「永遠の恋」。
恋愛しているときというのは、得てして幻想を抱くものだ。自分の理想に相手を重ねて、愛の想像は留まる事を知らない。一方的なその恋はとても身勝手だ。
それも3年もすれば次第に落ち着いてくる。ありのままの相手をみつめ、ゆっくりと受け入れていくのだ。あるいは一緒に居ることに慣れてくるのかもしれない。永遠の恋なんて信じてないけれど、一緒に居続けることは出来ると思うから。

ガーベラ
色鮮やかに咲くこの花は、花言葉もそれぞれ色ごとに異なる。赤は神秘的な愛の情熱、黄色は究極の美しさ。そして白い花には、「いつまでもあなたに愛されることを待っています」という意味が転じて、律儀や希望といった花言葉がある。
待ち続けることは苦ではない。何も考えず、相手に委ねてしまっているのだから。貴方を待たせている相手は、その時間に比例するように罪悪感が増していく。
いつの日か貴方のもとに来てくれることを唯一の希望とし、ただひたすらに待ち続ける。それは崇高で気高く、究極的に行き着いた愛のかたちでもあり、残酷で歪つな愛のかたちとも言える。

フウセンカズラ
花はごく地味で小さいが、その後にできるホオズキのように膨らんだ実が印象的。実が熟すと白いハート形の模様が入った黒い種ができるのが何とも可愛らしい。花言葉は、貴方と共に飛び立ちたい。
まったく知らない場所で、彼だけを頼りに一緒についていく決心をした君。女性は時として愛する人によって人生が大きく左右されてしまう。そんな君が今この時も幸せであることを心から祈っている。今度、逢いに行くよ。そのときは彼によろしく。

P.S.図書特殊部隊(ライブラリ・タスクフォース)へ
有川浩さんの「植物図鑑」を半分位で読むのを諦めてしまった…
森見登美彦さんの「宵山万華鏡」を2章目位で読む手が止まってしまった…
坂本司さんの「和菓子のアン」は結局開かずに返却する結果となった
図書館の貸出期間って短い。。
そして今…冲方丁さんの「はなとゆめ」を借りてきてしまっている。
今度は和歌にちなんだ花言葉を綴ろうとおもふ。
寝つつ読む本の重さに疲れたる人より