週末の夜にYoutubeで斉藤和義を聴きまくり
ながら、このメルマガを書いています。
昔はバンドをやっていた時期もあったので、
たくさん音楽を聴いていたのですが、仕事に
没頭しだして、一時は音楽からまったく離れ
てしまいました。
お陰で80年代前半はエアポケット状態です。
しかしここに来て、デビュー15周年の齋藤和
義にハマり、弾き方もすっかり忘れてたギター
を20年ぶりに買い込む始末です。
どこかでライブする時は、冷やかしに来て下
さいね(^_^;)
誰しも子供のころは、日が暮れるのさえも忘れ
る勢いで、夢中になって遊んだ記憶があると思
います。
わたくしの場合は体調の都合があったので(4年
生まで喘息持ちだった…)すっかり活字中毒に
なっていました。
しかし年齢を重ねるに従って、学校の勉強や部
活動とか、塾やお稽古ごとなどで少しずつ好きな
ことをする時間はなくなります。
そして気づくと、もうあれだけ熱中していたもの
が「何か」すらなかなか思いだせなくなっていた
りします。
■あなたは何に熱中しましたか?
自分のビジネスを持ち、収入源を増やすことを
考えた時、この「熱中するほど好き」なことが
何だったのかは、大きなヒントです。
そこにあなたの「宝の山」が眠っている可能性
が大きいのです。
ぜひ自分の大好きなことを思い出して下さいね。
次回もこのことについて書いていきます。
昨日は最近起業した友達のマーケティング戦略の相談。
今日は新規開業したコ・ワーキングスペースの
ビジネスモデル戦略の相談。
夜はいつもお世話になっているマーケティングの
先輩から、ブランディングについて相談を受ける(^_^;)
こういうことで脳ミソに汗をかくのはまったく苦に
ならないどころか、スゴく楽しい。
みんなのビジネスが上手くいくようになったら
もっと楽しくなるよなあ。
これから仕組みを作って、これをもっと仕事にするのだ。
とにかく「大好きなこと」だから(笑)
今日は新規開業したコ・ワーキングスペースの
ビジネスモデル戦略の相談。
夜はいつもお世話になっているマーケティングの
先輩から、ブランディングについて相談を受ける(^_^;)
こういうことで脳ミソに汗をかくのはまったく苦に
ならないどころか、スゴく楽しい。
みんなのビジネスが上手くいくようになったら
もっと楽しくなるよなあ。
これから仕組みを作って、これをもっと仕事にするのだ。
とにかく「大好きなこと」だから(笑)
今まで書いたブログすべてを再構成する作業をしています。
途切れた時期もあったので、そう多くはないのですが、
2008年にlivedoorで書き始めて以来、約280本の記事を
書いてきました。
それらをひとつひとつ読み返しながら、フォントの大きさを
そろえ、文章と文体を直しているのですが、とても感慨深い
ものがあります。
特に3.11を経験した今となっては、それ以前の自分の言動が
どうしても軽々しく感じてしまいます。
幸いなことに、後悔するような記述には出会っていないのが
救いですが、今の自分から見ても、
「なんか分かったようなこと書いてて、イヤラシイなあ~」
と思うような点が少なからずあります(^_^;)
3.11の一日を経て、その翌日の3月12日。
その日は確か雲ひとつない素晴らしい晴天だったのです。
ひとりの友人が、被災地の友人を気遣って福島へ車を走らせて
いました。その途中に福島第一原発の爆発の一報が入り、必死
でその友人を呼び戻したことを覚えています。
あの日の抜けるような青い空を見ながら、
「もしかしたら、明日、自分たちも生きていないかもしれない」
と、心の底から思ったことを鮮明に記憶しています。
幸いなことに、それは杞憂に終わりましたが、
危機は去っていません。
むしろ生き続けることで、わたくしたちはさまざまな現実に
自分の意思を表示することを求められています。
まさに今は平時ではなく、非常時のさなかにあります。
昭和18,9年頃の人々は、もしかすると今に似た気持ちで
毎日を過ごしていたのかな、などと、時々思ったりします。
今の自分にできること、なすべきことは何なのか。
「何のために」「誰のために」それを思わずに行動を起こす
ことだけは戒めています。
人生は一瞬一生。
まさに時は命ですね。今を大切に生きたいと思います。
途切れた時期もあったので、そう多くはないのですが、
2008年にlivedoorで書き始めて以来、約280本の記事を
書いてきました。
それらをひとつひとつ読み返しながら、フォントの大きさを
そろえ、文章と文体を直しているのですが、とても感慨深い
ものがあります。
特に3.11を経験した今となっては、それ以前の自分の言動が
どうしても軽々しく感じてしまいます。
幸いなことに、後悔するような記述には出会っていないのが
救いですが、今の自分から見ても、
「なんか分かったようなこと書いてて、イヤラシイなあ~」
と思うような点が少なからずあります(^_^;)
3.11の一日を経て、その翌日の3月12日。
その日は確か雲ひとつない素晴らしい晴天だったのです。
ひとりの友人が、被災地の友人を気遣って福島へ車を走らせて
いました。その途中に福島第一原発の爆発の一報が入り、必死
でその友人を呼び戻したことを覚えています。
あの日の抜けるような青い空を見ながら、
「もしかしたら、明日、自分たちも生きていないかもしれない」
と、心の底から思ったことを鮮明に記憶しています。
幸いなことに、それは杞憂に終わりましたが、
危機は去っていません。
むしろ生き続けることで、わたくしたちはさまざまな現実に
自分の意思を表示することを求められています。
まさに今は平時ではなく、非常時のさなかにあります。
昭和18,9年頃の人々は、もしかすると今に似た気持ちで
毎日を過ごしていたのかな、などと、時々思ったりします。
今の自分にできること、なすべきことは何なのか。
「何のために」「誰のために」それを思わずに行動を起こす
ことだけは戒めています。
人生は一瞬一生。
まさに時は命ですね。今を大切に生きたいと思います。