数年前から、自分なりの季節の風物詩とも言えるイベントが幾つか出来ました。
桜の頃には、アメリカからチベット密教の高僧、ザチョゼ・リンポチェがお見えになり、素晴らしい時をご一緒させていただきます。
そして6月6日には、東京から奈良毅先生がお見えになり、「平和の祈りの会」が開かれます。
奈良先生は哲学博士として、インド政府からたびたび招待されるほどの方ですが、もうひとつ言語学者としても、15ヶ国語に精通するという素晴らしい方です。
また三笠宮殿下がご自宅にお見えになるとか、今上天皇ともご友人であられると伺っております。
今年は前日の6月5日にお誘いいただき、奈良先生とご一緒に越後一宮彌彦神社へ参拝に上がり、その後、数名で夕食をご一緒させていただいて、その席で日本語がいかに特殊な言語であるか、という貴重なお話をいただきました。
9歳までに日本語を主言語としてマスターすると、脳の機能が独特な発達をし、他の言語を使う民族にはない、「自然界の音が、人間の話し声のように聞こえる」という感覚を呼び覚ますのだそうです。
その他にも、「母音を重ねて単語になる言語は、日本語だけ(あい、いえ、あお等)」とか、指摘されればなるほど、と考えさせられる不思議な真実をたくさん教えていただきました。
現在は世界人口の2%ほどしか存在しない日本人。
学べば学ぶほど、いろんな意味で大和民族は今、存亡の危機にさらされています。
しかし人類という枠組みで考えても、日本人の存在には何らかの特殊な役割があると思えます。
誇りと不安が綯い交ぜになった気持ちで居た時、奈良先生はこう教えて下さいました。
「人間は思ったことを実現する存在です。だからどうせなら良いことを思いましょう。」
確信に満ちた、しかし実に穏やかな表情から発せられた言葉には、確かな真実が感じられました。
これからは今までにないようなことをたくさん経験する時代が来ることは、多くの人が指摘し、容易に想像もされます。
しかしどんな時代になろうとも、「良いことを思う」ことを忘れずに生きていこうと、改めて決意した夜でした。