被災された皆さんにとっては、長い一週間だったと思います。
電気や携帯電話網、まだ道路も徐々に復旧し、今日からは友人知人も多数現地へ向かっています。
ひとりでも多くの方に、一分一秒でも早く、心の安息が訪れるように祈ります。
この一週間の間、正直に告白すると、わたくしの心は感情の嵐に翻弄されました。
激しく長い地震のあと、画面を通してとは言え、穏やかな海が突然鬼神のように姿を変え、
ひとかけらの情も見せず、行く手を遮るものを全て飲み込んでいく有様。
津波が収まって、呆然とする間もなく福島第一原子力発電所の事故の様子が矢継ぎ早に知らされます。
思っても見なかった、原発の事故。事態は一層出口を見失う様相を呈していました。
原子力発電所と原子爆弾を区別する知識もなかったわたくしは、ただただ怖れに支配されました。
しかし数人の友人とネット上でやり取りするするうちに、不安が過剰であること、究極的な事態が
訪れることがあれば、むしろそれは怖れてもどうすることもできないであろうことが分かりました。
そして出来るだけ日常に戻り、今まで以上に家族や友人たちとの一日を大切に過ごそうと考えて、
普段と変わらぬように仕事に戻り、街に出ました。
多少、買いだめや給油制限などの場面にも出くわしましたが、わたくしの身近な人々はまるで何事も
起こっていないかのように、ごく普通の日常を送っていることに気づきました。
ここで感情が落ち着くかと思えばさにあらず。
しばらくすると、今度は東京の友人を通して、アメリカに住む友人たちから西に向かうように、と
メッセージが入ります。
落ち着きかけていた不安が、また突然沸騰したかのように感情を揺り動かします。
こんな風にして、昨日までわたくしの感情はまるでジェットコースターのようでした。
しかし折に触れて、TwitterやFacebookを眺めていると、世界中の人々が、そして被災をまぬがれた
日本中の人々が、祈りを送り、そして行動を起こしています。
特にわたくしは、海外の方達が送ってくれた
「わたくしたちの心は日本の皆さんとともにあります。」
という一節に、深く心を打たれました。
心をともにしてくれている人々が世界中に居る。祈りを捧げてくれている人が世界中に居る事を知り
それらの言葉や映像に触れて、涙し、感謝しました。
しかしそれでわたくしの恐れが全てなくなったわけではありません。
また、被災された方に対して、まだこれといった行動を起こしてもいません。
が、この長期戦になるであろう復興のために必要な道のりの中で、必ずわたくしの役目があります。
もしそこまで天がわたくしに使命と命を与えて下さるのであれば、わたくしは必ずそれを全うします。
「心はともに」という思いに応えることを誓います。