真冬の寒さが嘘のように、この2,3日は暖かい日が続いています。
内庭の梅の枝の蕾が、遠目に見ても色づいてきているのが分かる。
そんな小さな春を見つけた今日この頃です。
さて、今日のトピックは「こころのバリエーション」です。
このことは、わたくしの大切な師匠の稲垣説子先生から教えていただいたことです。
人には、誰でも3種類の心があるそうです。
それは、
1)ケモノ
2)人
3)V.I.P(わたくしは「神性」とも呼んでいます)
を指します。
すべての人は毎日、この3つの心の間を揺れながら暮らしているのだそうです。
いつも3番目の心で、自分と他者を同じように尊んで接することが出来れば、
世界から揉め事はすべて消えてしまうのですが、残念ながら人間には、まだ何かの
理由があって、ケモノの心も存在しているようです。
ケモノの心は「エゴ」そのものですから「目先、自分さえ良ければ」ということが
すべての判断基準になります。
当然のことながら、それでは「奪い合い」が世の中に溢れてしまいますので、争いは
途切れることがありません。
世界を見ると、リーダーの多くは、まだまだケモノの心に支配されて生きる時間が
多いですね。
ではあなたはこの3つの、どの心で毎日を過ごしたいですか?
そしてもしそれを自分で選べるとしたらどうでしょうか?
稲垣先生は「それは可能です」と教えて下さいました。
どの心とつながるか、それを決めるのは「あなたの使う言葉」です、と。
食事を摂る時に
「食う」
「食べる」
「召し上がる(いただく)」
という三種類の表現のどれを使うかで、どの心にアクセスするのか分かりますか?
例えば、自分を指す時に
「おれ」
「僕」
「わたくし」
という三種類の主語のどれを使うかで、その後に出てくる言葉遣いが全て変わってきます。
稲垣先生はご先祖様が高い地位の士族の家柄のご出身で、女性ながらお父様より武士道を
基にした教育を受けられておられますので、言葉遣いを丁寧にする意味を理解されています。
その昔、常に「魂」として大小を身に付け行動していた武士は、万一、抜刀した際は、
何事も無く刀を収めることは出来ませんでした。
つまり抜刀することは、すなわち「命のやり取り」を意味していました。
しかし武士とは言え、当然のことながら、軽々にそのようなことを起こすわけには行かない。
そのために、出来るだけ感情的にならぬように、可能な限り、丁寧な言葉を選んで使って
お互いの身を守っていた、という文化なのです。
昔の日本人のリーダーであった武士は、体験的に「言葉遣い」が人の心をコントロールする
重要な役割を帯びていることを理解していたのです。
では現代に生きるわたくしたちは、どの言葉を使うことが「人として」適切なのでしょうか。
少なくともそれは「ケモノ」ではないと思います。
しかし、TVをつければ、そこに出演している人たちの殆どが「ケモノ」の言葉で話しています。
わたくしたちには、考えなければいけないことがあると思います。
あなたはどう思われますか?