何につけそうなのですが、渦中にある時は辛さばかりに目が行き、これが早く過ぎぬかと思います。
しかし過ぎると気づいた時に、何故か懐かしく、恋しくなる。
次のあの雪景色…。これも煩悩ですね。
さて、今日のトピックは「必然」です。
おおよそ3年程前に、長年お世話になっている方のお誘いで、とある勉強会に
参加させていただきました。
その会は「素行会」といいます。講師は作家の神渡良平先生です。
恥ずかしながら、お名前だけは存じ上げていたのですが、その時は
まだご著書を拝読したことがありませんでした。
しかし伺ったお話と、参加者に対する接し方が素晴らしく、一度で
神渡先生の大ファンになってしまい、昨年はとうとう講演会を主催
させていただくまでになりました。
神渡先生は机上での創作にとどまることのない作家です。
中村天風さんについて書かれた時は、天風さんが悟りを開かれたという
ヒマラヤまで出向かれて、まさにその場所で瞑想されたりと、
取り上げる主人公の追体験をされて、それを作品とされる実践を
重んじる作家です。
先般もご紹介しましたが、その神渡先生のご著書である、
「西郷隆盛人間学」、読めば読むほど心を打つものがあります。
なぜ時分は、そして日本人は西郷隆盛という人にもっと注目してこなかったのか、
今では残念に思うほどです。
西郷隆盛人間学―道をひらく言葉/神渡 良平

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その終盤に西郷隆盛が佐藤一斎の『言志四録』から編纂した
『西郷南洲手抄言志録』という書物があります。
その中に、「素行」という帖があり、初めて「素行会」という名前
の由来に気づきました。
「今日の貧賎に素行する能わずんば、すなわち他日の富貴に必ず驕態せん。
今日の富貴に素行する能わずんば、すなわち他日の患難に必ず狼狽せん」
(現在、貧しくても、その境遇の中で安じて道を行うことができないならば、
将来、冨貴になったとき、必ず奢りたかぶってしまうだろう。
逆に現在冨貴の立場にあったとして、その境遇の中で道を行うことが
できないならば、将来困難にぶち当たったとき、必ずあわてふためいてしまうだろう)
と説かれています。
今の世は、まさに「素行」を忘れた時代です。
これからの人間が心に刻むべき言葉を得た思いがしました。
しかし今やご著書を拝読する前に神渡先生に出会ったことも、決して偶然ではない、
やはり宇宙には「必然」しかないのだなあ、と改めて思わされました。