卑屈に感じたらやめましょう | ほどよい敬語~その敬語、盛りすぎです!

ほどよい敬語~その敬語、盛りすぎです!

プロのライターでも経営者でも間違えることがある敬語。相手を思いやるコミュニケーションツールとして「ほどよい敬語」を使いこなして「デキル人」になっちゃおう。

「愚見」「小社」と手紙などと自分で書きながら卑屈になってしまうことはないでしょうか。

他にも、以下に書かれているような「拙稿」「駄文」「愚評」などです。
手紙の敬語(相手と私)

自信があるのにへりくだった表現、とくに「駄」「愚」などの字を使うことが自分の感情にそぐわないという人はいることでしょう。

特に上に上げたような、手紙の敬語表現には、
●相手に関わるものは、大きく、高く、立派に、気高く、美しく
●自分に関わるものは、小さく、低く、拙く、卑しく、粗末に

という約束があるだけで、心底自分のことを愚かで拙いと思うわけでもありません。
また、相手も「下手な原稿なのか」「愚かな意見なのか」と受け止めるわけでもありません。

「自分では自信があるものの、それを押し付けるのはどうか」という相手への配慮です。

しかし、時代の感覚や、使う人の感覚、はたまた使う場面によっておおいに事情も異なります。

外国人相手の商談で「いいアイデアではありませんが」と言えば即刻却下でしょう。
また、日本人同士でも、国際感覚を持った先進的な企業に対して、あまりへりくだった言い方や書き方をすることは適切ではない場合もあります。
反面、相手が高名で大変な実力のある方であれば自然とこちらも「実につたない意見ですが」という気持にもなるでしょう。

やはり、一番は冒頭にあげた「書く人、話す人」の気持だと言えます。
敬語とはそういうものと割り切って約束事に添って使うなら、相手もそうしたものだと受け止めます。
「卑屈な感じだな」と思うなら使わなければよいだけです。「愚見」より「私見」、「駄文ですが」より「走り書きで恐縮ですが」などいくらでも言い換えはあります。

また自分を小さくして相手を大きく見せたいような気持に自然となり、そのような心映えで使うなら、もっとも言葉が生きたものになることでしょう。

───ポイント

☆手紙でよく使われる「愚見」「駄文」「愚評」など、相手を立派に自分を粗末にという日本古来の約束事による表現です。そういうものと割り切って使うのも問題のないことですが、どうしても自分自身が違和感があれば無理に使う必要はありません。



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