6年の歳月と人生 | ワクワク人生研究所所長 小未来のブログ

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「最近ワクワクしたのいつだっけ…」
そんな人生に一石を投じるべく、
日々、研究活動と思考実験に勤しむ
ワクワク人生研究所所長・兼実験室室長、小未来のブログ

6年の歳月と人生

20170311



6年前の今日、

宮城県牡鹿半島の東南東沖130km、

仙台市の東方沖70kmの

太平洋の海底を震源とする


マグニチュード9.0の

巨大地震が発生した。



▼傾き

地震のあった当日は金曜日で

僕は都内のとあるオフィスビルに

いた。


今でも鮮明に覚えている。


最初は地震だとは思わなかった。


揺れにしては間隔が長すぎるのだ。


「カタカタ」

「ガタガタ」


地震によく用いられる

上記のような表現は全く通用しない。


でも徐々に

“傾き”の度合いが強まってくるにつれ


誰もがただことではないことに

気が付く。



▼未知の体験

どうやら、途方もなく大きな

地震のようだ。


そう言い聞かせるしか、なかった。


少なくとも僕が生まれてから

経験したことのない“体感”だった。


どんな乗り物にも、

どんなアトラクションにも

こんな揺れ方を催すものはない。


「ギギギギィィィ…」


建物がきしむような不気味な音が

フロア内に響き渡る中、


僕たちはまず

セキュリティロック付の

開き戸を開け放しにした。


間もなくして

「開け放し」を知らせる

警告音が発せられたが、


当然、それどころではないので、

無視する。


恐怖に怯える人の声。

警告を知らせる電子音。

建物全体が発せられる音。


幾つもの音が不協和音を奏でる中

何分にも及ぶ未曾有の大震動は

その後我々を未だ見ぬ境地へと

誘うこととなった。



▼帰宅難民

僕は当日、生まれて初めて

帰宅難民を経験した。


なぜなら都内の交通網は

全てストップしてしまった

からだ。


「大きな自然災害が発生した際は

 むやみに外に出ず、

 その場にとどまること。」


今となっては常識だが、

これも東日本大震災により

定められた指針。


当時は徒歩で帰れる人は

そのまま帰宅の途に就いた。


僕の自宅は

そこから電車で数十分の場所だったので

暫くの間、現地待機を余儀なくされた。


時間の経過とともに

明らかになる惨状。


ふとした瞬間に発生する余震。


当然眠る場所などなく、

眠気が襲ったらそのまま

オフィスの椅子の上で寝落ち、

すぐに目が覚める、を繰り返し

やがて朝を迎えた。



▼6年の歳月と人生

あれから今日で

丸6年が経過した。


多くの日本人にとって

決して忘れることのできない、

「3.11」


僕自身も複数人の知人を

この震災で亡くしている。


勿論僕だけではなく、

身の回りの多くの人々の意識が

あの時を境に確実に変化しているのを

今日この瞬間も感じることができる。


丸6年と言えば

ちょうど小学生が入学し

卒業を迎える長さだ。


6年で積み上げてきたものは

人それぞれかも知れないが、


「いつ起きてもおかしくない」


防災への心がけは常に忘れず、今日、

そして明日からの毎日を過ごしたい。